ハイドン:交響曲第69番ハ長調「ラウドン」

1778年頃に作曲されたと考えられているこの曲は、ハイドンがエルンスト・ギデオン・フライハー・フォン・ラウドン(1716~1790)に献呈したことに由来して「ラウドン」の愛称が付けられている(パート譜セットは1783年にアルタリア社から出版されている)。
なお、ハイドンはこの曲のピアノ編曲版(第1~3楽章)の出版意向を伝えるアルタリア社宛ての手紙(1783年4月8日付)の中で、「ラウドンの呼び名は、10通りの終楽章よりも売上げを伸ばすのに役立つであろう」と、興味深い見解を述べている。
ハイドンがエステルハージ家の聴衆ではなく、より広い愛好者層を考慮しているという点。また、この頃に作曲された交響曲第53番「帝国」、63番「ラ・ロクスラーヌ」などには終楽章等にいくつかの異稿が存在する。

そして、ハ長調の交響曲といえば、第48番「マリア・テレジア」、第60番「うっかりもの」、第82番「熊」、第90番などがすぐに想起されるが、これらの曲に比べてこの「ラウドン」がそれほど華やかで輝かしい感じがしないのは、使用されているホルンがアルト管ではなくバッソ管であることに因ると思われる。
http://zauberfloete.at.webry.info/200709/article_11.html
そういえば、第63番「ラ・ロクスラーヌ」もハ長調だが、ここでもバッソ管が使われるのが普通になっている。

さて、今月の演奏会でこの曲を演奏する。使用楽譜はランドン校訂によるHaydn-Mozart Presse版(1967)。練習を始めてから分かったのだが、この曲の第二楽章最初のリピートを出た2小節目(52小節)三拍目のヴィオラとチェロ・バスの4つの16分音符が半音もしくは全音でぶつかっている(ヴィオラはAGGFis、チェロ・バスはBAAG)。
たまたま私はこの曲のオイレンブルク版(Gwilym Beechey校訂/1972)を持っていたため、当該箇所を参照してみたところ、ヴィオラ・パートがチェロ・バスと同じ音(BAAG)に修正されていた。
また、IMSLPで調べてみると、ハイドン‐モーツァルト プレッセ版とは別に London: Cianchettini and Sperati, n.d.(1807)という版のスコアも掲出されており、それによればオイレンブルク版と同様、ヴィオラをチェロ・バスに合せている。
私は事前に、スコアとパート譜のチェックを全パートについて行っていたのだが、チェックしたのはパート譜セットに付いていたスコアだったので、他社のスコアとのチェックまでは行っていなかった。
なお、このオイレンブルク版とハイドン‐モーツァルト プレッセ版スコアをあらためて突き合わせてチェックしたところ、当該箇所以外にも、ダイナミクスを始め、タイの有無、音高の違いなど少なからず違いがあることがわかった。特にハイドン‐モーツァルト プレッセ版において、終楽章47小節一拍目のトランペットに p が落ちているのはまずいと思い、パート譜に追加してもらったのが前回の練習のこと。
さて、話を戻して第二楽章52小節目の不協和音、指揮者は「当時としては珍しいこと」などと言いつつ楽譜通り演奏しているのだが、個人的にはそれはないだろうと思い、とりあえずCDを聴いてみた。
アーノンクール=ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(Teldec)、フェイ=ハイデルベルクSO(Haenssler)の演奏を聴いた限りでは、不協和音らしき音は聴こえない。チェロ・バスは間違いなく楽譜通り演奏していることは分かるので、ヴィオラの方を(オイレンブルク版に準拠して)チェロ・バスに合せているのではないかと想像される。
チェロ・バスの楽譜に統一するということは、ハイドンがヴィオラの楽譜を書き間違ったという前提に立っている訳だが、単に音高を間違えたのだとすると、4つ目の16分音符にわざわざシャープが付いている点(自筆譜もそうだとした場合)が個人的には納得できない。むしろ、ヴィオラにチェロ・バスを合せる方が自然なようにも思えるが・・・。いずれにしても、半音もしくは全音ぶつかったまま演奏することはどうかと思う。

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