「古典派の音楽~歴史的背景と演奏習慣~」

原題はA Performer's Guide to Music of the Classical Period、アントニー・バートン著/角倉一朗訳で音楽之友社よリ2014年10月に出版されたもの。有用な箇所を下記に抜書きしておく。

第1章歴史的背景
●どんな楽曲の演奏でも、後続するものではなく先行するものを常に指針としなければならない。(中略)すなわち、バロック時代の音楽を方向づけた2つの音楽領域は舞曲と独唱であったこと、そしてこの2つの領域は、そこから遠いと思われるジャンル――たとえばソロ・ソナタや弦楽四重奏曲――においてさえ、古典派時代の基礎であり続けたということである。(中略)同様に、古典派の旋律をどんな楽器で演奏するときでも、それが歌われることを想像し、歌うときのようにブレスし成形すれば、その演奏を活性化できることが多い。
●古典派時代の音楽家が音楽を他の芸術に喩えるとき、それはほとんど絵画や建築ではなく、普通は弁論や演劇であった。このことは、歌詞のある音楽だけでなく器楽にも、「語り(ナラティヴ)」の感覚が強くあったことを示唆している。それが何か物語を語るという意味ではなく(そうすることもあったが)、ひとつのフレーズから次のフレーズへと話を展開させ、それが強い調子であれひそやかなものであれ、複雑であれ単純であれ、音楽の「テクスト」を明確に述べることに注意を払った、という意味である。

第2章記譜法と解釈
●「固定タクトゥス(拍)」:他の条件が同じならば、拍子記号で分母の数字が小さい方が大きいものよりもゆっくり動き(たとえば3/8は3/4よりも速い)、「短い」拍子は「長い」拍子よりも速い(たとえば3/8は短い拍子、6/8は長い拍子である)。
●しかし、どんな状況でも、18世紀は全体として速めのテンポが普通だったことに注意しなければならない。特にandanteは、いわゆる「緩徐」楽章に生命と動きを与える「歩く」テンポである。
●メヌエットも速い楽章だったが、この舞曲にははっきり違った2つのタイプがあったことを知らなければならない。つまり、4分音符と8分音符で書かれたタイプは速く、モーツァルトが1770年にイタリアからの手紙で「多くの音符がある」と述べたタイプはいっそう穏やかなテンポであった。
●18世紀の資料はたいてい、特にスタッカートやスラーの記号がないとき、音符はやや切り離して、記譜よりもいくらか短く演奏される、という点で一致していた。
●スラーが小節線を越えることは皆無ではないにしても珍しかった。この点で、現代版から演奏するときには注意が必要である。現代版の多くはスタッカート、分離、レガートに関する19世紀の考え方をまだ残していて、原典資料が明瞭に短いスラーをもっているのに、スラーを長くしていることが多いからである。
●モーツァルトはある特別な状況(スラーの下に書かれた点)のとき以外、その生涯で一度もスタッカートの点を書かなかったようである。(中略)モーツァルトはスタッカートを点ではなく常に短線で書いていたことがわかる。(中略)同時代の短い縦線やのちに現れたマルカートの楔形とは別の意味を持つ現在のようなスタッカートの点は、19世紀の印刷習慣に由来する。(中略)短線はアクセントと音の分離だけでなく、フレーズの終わりや、通常の期待を取り消しを示すこともあった。
●原則として、スラーの最初の音はあとの音よりも強く弾かれる。これはフレージングと「良い」音符に関する18世紀の観念と一致している。「良い」音符というのはある種の下拍(downbeat)のことで、たとえば4小節フレーズでは第1小節と第3小節の下拍が「良い」音で、いっそう強いアクセントを要求する。
●付点リズムを演奏するときには、バロックで慣用的だったように、短い方の音価をやや短縮したであろう。
●fpという記号はもともと切り離すように意図されているのに、現代版をそれらをしばしばひとまとめにして、それらが急速に――ときには4分音符や8分音符の間隔で――連続するようにしているものも多い。
●古典派の音楽をどのように装飾すべきかについて標準的な規則は存在しない。なぜならこの時代は、記号による後期バロックの記譜法からロマン派の完全に音符で表記された装飾への移行期でもあったからだ。また、即興的な装飾とは違う旋律的装飾音の奏法にも、一定の基準はなかった。たとえばトリルは長いことも短いこともあったし、上の音で始まること(普通の奏法)も主要音で始まることもあり(それはトリルへの入り方や、主要音が不協和音か協和音かによって変わる)、トリルの最初や最後にターンを加えることもあった。同様に、不協和なアッポジャトゥーラ――普通は拍点で奏する――にも長いものや短いものがあり、一般にアッポジャトゥーラの音価が主要音から差し引かれた。

第5章管楽器
●管楽器奏者が和声を熟知すべきだった理由のひとつは、不協和音を強調してやや延ばし、次の協和音をいっそう穏やかに奏する、という重要な原則があったからである。
●長い音価の成形と分離の重要性、(中略)2分音符はとかく平板で無性格に聞こえ、他の楽想と不釣合いな感じになりやすい。スラーの付いた8分音符群は、そのあとの音符とは切り離さなければいけない。
●単純な舞曲楽章、例えばモーツァルトのフルート協奏曲ト長調やファゴット協奏曲変ロ長調の終楽章を成すメヌエットも、反復部分で装飾しなければならない。

第6章歌唱
●バロック時代と同様、古典派の時代においても、基本的なアッポジャトゥーラ*は作曲家が書いた楽譜に対して当然のこととして付け加えられた。
*原意は「寄りかかる音」、なお、ここで論じられているのは装飾音としてのアッポジャトゥーラであって、和声法におけるアッポジャトゥーラは2度下行または2度上行して解決する拍点上の不協和音;「倚音」を意味する。
●レチタティーヴォでもアリアでも、いわゆる女性終止――つまりひと組の音があって最初の音にアクセントがあり2つ目の弱い音に休止が続く場合――が同じ高さの2音として書かれているとき、演奏者は無意識にアッポジャトゥーラを付けたであろう。もっとも普通の例は次の通りである(以下、筆者が一部編集)。
1)声が女性終止の最初の音へ3度または2度下行するとき、3度下行する場合は最初の音を2度上げ、2度下行する場合は最初の音をひとつ前の音と同じ音とする。
2)声が(女性終止の最初の音へ)4度下行する場合(レチタティーヴォの終止)は、最初の音はひとつ前の音(4度上の音)を最初の音として繰り返す。
その他にも、それほど一般的ではないが、歌詞が疑問文の場合、下からのアッポジャトゥーラも古典派時代の理論家によって提唱された。
●ダ・カーポ部分(すなわちアリアで反復される第1部分)を飾るというバロックの習慣はこの時代にまで引き継がれた。(中略)現存する当時の装飾例から判断すると、けっして同じように反復しないというのが不文律だったように思われる。
●古典派時代の装飾は反復された旋律や形式部分に限られていたわけではない。当時のさまざまな資料が物語るように、ゆっくりしたカンタービレのアリアはしばしば曲頭から装飾された。

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