パーヴォ・ヤルヴィ

「音楽の友」に連載されている「樫本大進の対談シリーズPassion!」(残念ながら今回が最終回とのこと)、最新号はパーヴォ・ヤルヴィがゲスト。2015年のシーズンからN響の首席指揮者に就任するというヤルヴィ、今やすっかり父を上回る実力者になっているが、個人的にも、特にドイツ・カンマーフィルとのベートーヴェンの新しいアプローチは、ひじょうに好ましく思っている。
http://zauberfloete.at.webry.info/200607/article_11.html
http://zauberfloete.at.webry.info/201205/article_22.html
これまで、ベートーヴェン、シューマンなどに取り組んできたヤルヴィ=ドイツ・カンマーフィルは、次にブラームス・ツィクルスに取り組むとのこと。それにあたって、下記のような興味深い発言がなされている。
私たちは、風変りだと思われるかもしれませんが、出版社から新しい楽譜を入手して、非常に細かい音の違いなどを見比べ、メンバーと互いにじっくり話し合います。また、午後に、さまざまな録音を聴き比べることもあります。例えば、一つの交響曲や楽章の、20にも及ぶ違う演奏解釈の録音を聴き比べるのです。

私はアマチュアなので、曲に取り組む場合、スコアを勉強することはもちろん、まずできる限りその演奏を数多く聴くことにしているのだが、著名な演奏家は、他人の演奏/録音は一切聴かないという人も少なくないようだ。そのため(?)、「風変り」という表現を使っているのかも知れないが、個人的にはその真摯/謙虚な姿勢にいたく感心した。
さらにヤルヴィは次のように語っている。
私はこのブラームス・ツィクルスで、すでにマンネリ化されてしまったものを振り払いたいのです。そして、本当に個人的な心の奥底から出てくるもので音楽を作りたいと望んでいます。しかし私は未だにブラームスの音楽でそのように演奏できたことが一度もなく、満足したことがありません。過去に何度も演奏してきたにも関わらず、です。(中略)しかし、ブラームスに合った編成のオーケストラの大きさで演奏すれば、細部まで俊敏になることができるのではないでしょうか。これは、今回なぜ私がブラームス・プロジェクトをドイツ・カンマーフィルでするのかということの理由でもあります。

これに関連して、「レコード芸術」3月号、「ブラームス演奏の真髄を求めて」という特集の中で、佐伯茂樹氏が書かれている記事(シャイーとティーレマンの新譜に関する分析)がひじょうに面白い。佐伯氏は、ブラームス演奏における従来からの慣習を取り除き、作曲家が本来意図したものを再現するにあたっては、まずその成り立ちについて考えてみる必要があるという。そして、ブラームスが交響曲を書くにあたっては、ベートーヴェンの交響曲の形式に倣って古典的なフォームの交響曲を書こうとしたのではないかと考えられる。具体的には、
ブラームスは、交響曲を書くにあたり、形式的な規制だけではなく使用する楽器にも制限を設けた。この時代、新しい金管楽器が生み出されていたにもかかわらず、彼は、ベートーヴェン時代とほぼ同じ制限を加えたパートを金管楽器に求めたのである。ホルンやトランペットは、調性によって長さの異なる楽器を指定し、後者は、ミとミ♭の吹き分けを除き、ヴァルヴを使わない自然倍音に限定するというこだわりようだ。
ということで、演奏の再現にあたっては、
作曲当時の楽器を使用するのではなく、彼が頭に描いていたにもかかわらず、当時のオーケストラでは音にすることができなかった楽器(ベートーヴェン時代の楽器)の響きを再現するべきではないかと思う。
とも述べられている。
ドイツ・カンマーフィルは現代楽器を使用する団体だが、トランペットとティンパニだけはピリオド楽器を使用している。佐伯氏がおっしゃるように、ホルンもベートーヴェン時代の楽器を用いることになれば、作曲家が意図した演奏により近いものになるだろう。本当にそのような演奏を期待したいと思う。

さらに、樫本との対談の中でヤルヴィは、「将来はシューベルトも予定しています。そして今私たちはハイドンにも集中的に取り組みたいと思っています。」と述べている。個人的にはヤルヴィのハイドンと聞いただけで、ブラームス以上にその期待が高まってくる・・・。

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