モーツァルト:「トルコ行進曲」の前打音

佐伯茂樹氏の「名曲の暗号」の中に、このテーマが採り上げられているが、
http://zauberfloete.at.webry.info/201401/article_8.html
「木管楽器 演奏の新理論」(ヤマハミュージックメディア/2011.10)
http://zauberfloete.at.webry.info/201110/article_14.html
の中でも採り上げられていた。

前打音は、古典派のレパートリーでも頻出するが、バロックを演奏する時のような装飾法の知識無しに、ただ楽典の教科書通りに「均等な音符」に分割して演奏しているケースが大半を占めている。

とした上で、はたして本当に均等に演奏していたものなのか疑ってみる必要があると問題提起されている。そして、

当時の教則本や文献を検証すると、前打音は必ずしも均等に演奏していたわけではなく、フレーズの中の「重み」や「ニュアンス」によって長さが変化していたということが分かるのだ。最近では古楽奏者を中心に、前打音の長さをフレキシブルに使い分ける演奏が増えてきたので、さまざまな可能性を考え、自分で選択するといいだろう。

と書かれている。
この実例として、モーツァルト:ピアノソナタ第11番K331の第三楽章を例に挙げており、この冒頭の「十六分音符の前打音+八分音符+2つの十六分音符」は、通常4つの十六分音符として弾かれているが、この前打音を初めて不均等に(最初の前打音を短く引っ掛けるように)弾いたのは、ドイツのフォルテピアノ奏者のアンドレアス・シュタイアーだったということである(2004年にCDがリリースされた)。さらに、次のように結論づけている。

だが、試しに、この楽譜をリズムだけにして口ずさんでみていただきたい。前打音を短くしたとき、まさにオスマントルコ軍のドラムのリズムそのものが浮かび上がってくるはずだ。やはり、この曲の場合は、不均等に演奏することを前提に書かれたと考えるのが妥当であろう。
画像

私はシュタイアーの演奏は未聴だが、たまたま図書館で借りてきていた諸戸詩乃のCD、「レコード芸術」12月号の付録CDに収録されていた仲道郁代の演奏ではこの前打音を短く弾いている。さらに同誌本文中の新譜月評の記述などから小倉の演奏もこの前打音を短く弾いていることがわかる。
●仲道郁代(ピアノ)/モーツァルト:ピアノソナタ全集(RCA/2010)
●諸戸詩乃(ピアノ)/モーツァルト:ピアノソナタ第11番、K265,K455,K573(カメラータ/2013)
●小倉貴久子(フォルテピアノ)/モーツァルト:ピアノソナタ第8、9、11番ほか(コジマ/2013)
初めて聴く人は違和感を感じるかも知れないが、実際に聴いてみると佐伯氏のおっしゃる通り、「トルコ」行進曲らしさが前面に出てきて面白い。これからはこのような演奏が増えてくるのではないだろうか。
なお、他にもこのように演奏しているCDがあるらしい。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2781482.html

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

cherubino
2014年01月13日 21:45
Zauberfloete 様、こんばんは。遅ればせながら新年おめでとうございます。シュタイアーの「アラ・トゥルカ」、楽譜が掲載されている冒頭部分について、前半後半とも初回は均等リズムで、くりかえし後に前打ち音を短く弾いています。しかし実は、このリズム変更は、それ以降の部分の自由な装飾(声部の入れ替え、オクターブ変更、即興的変奏等)への導入であり、それ以降はほとんどこの処置は目立ちません。少なくともその意味では前打音の長さを固定的に考えることへのアンチテーゼという意識は、彼にはあまりないようにも思われます。ワルターのフォルテ・ピアノ(複製)は本当にいい音で鳴っていますし、演奏は圧倒的ですけど。
2014年01月14日 12:00
cherubinoさま
いつも貴重なコメントありがとうございます。 私はシュタイアーの演奏は聴いたことはなかったので、ひじょう参考になりました。なるほどという感じです・・・。個人的には、機会があればモーツァルトのシンフォニー、管弦楽曲などの同様の記述箇所で応用してみようと思っています(指揮者の意向にもよりますが・・・)。
サエキ
2014年01月17日 06:41
cherubinoさま
ご指摘ありがとうございます。確かにシュタイアーは一度目は均等に演奏しており、その意識はなかったのかもしれません。ただ、筆者として前打音を短くした演奏に出会った最初の体験として例として挙げました。どうかご了承ください。

Zauberfloeteさま
拙書のご紹介ありがとうございます。モーツァルトの管弦楽曲で前打音を場所によって短くする試みはコンチェルトケルンなど多くの団体で試みられています。有田正広氏もこの点に関心を持ち、フルート協奏曲を録音しなおしました。あくまでも1つの説だと思いますが、試してみると面白いかと思います。
cherubino
2014年01月17日 12:48
サエキ様、こんにちは。私の余計な蛇足のため、ご本人まで登壇させてしまい、本当に恐縮しております。私の発言の本意は、シュタイアーの「いつも同じようには弾かない」という主張に満ちた演奏の紹介にあり、サエキ様の「前打音は必ずしも均等に演奏していたわけではな」いというお考えには、まったく賛成であることは申し添えておきます。古典音楽における自筆譜など第一次資料の重要性はもっともですが、臨時記号や装飾などにおいてまで過度の厳密性を持たせることはむしろ危険なのでしょう。ましてや彼らが読んでもいなかったような理論書などを決め手に持ち出すのも・・・。ということで「常識」を疑いつづけることは必要なことですよね。
その意味でZauberfloeteさんのおかげで私もサエキ様の著書を読ませていただき「目からうろこ」という体験を多くしております。特に『名曲の「常識」「非常識」』に出てくるベートーヴェンの交響曲第1番の冒頭が「協和音」になり得るという新説を読んだときには、音楽書を読んでこんなに驚いたことはないというくらい驚きました!。そういう演奏もぜひ聞いてみたいです。今回は申し訳ありませんでした!
2014年01月17日 19:28
佐伯様
わざわざコメントありがとうございます。
管楽器の歴史/機能などに基づく管弦楽曲における管楽器の使い方の話は、いつも大変興味深く読ませていただいております。
また、「木管楽器 演奏の新理論」などに書かれている今回の装飾音符・前打音ほかの「演奏法」については本当に貴重な内容だと思っています(他にそのようなことが書かれている本がない)。今後も演奏者にとって有益でためになる著作をお願い致します。

この記事へのトラックバック

  • モーツァルト:ピアノソナタ全集/仲道郁代

    Excerpt: モーツァルトのピアノ協奏曲に比べて、ピアノソナタは自主的に聴く機会はかなり少ない。好きな曲が偏っている(K283,311,310,330,331,333,545など)ことや、ピアノ曲であれば変奏曲の方.. Weblog: Zauberfloete 通信 racked: 2014-04-03 20:51
  • 仲道郁代のモーツァルト~フォルテピアノと現代ピアノの聴き比べ~

    Excerpt: 仲道郁代さんのコンサートを聴いた(7/5第一生命ホール)。曲目は下記の通り。 ○モーツァルト:「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲ハ長調K265 ○モーツァルト:ピアノ・ソナタイ長調K331.. Weblog: Zauberfloete 通信 racked: 2014-07-10 23:36