パート譜のチェック~ベートーヴェン:交響曲第6番 補足~

先日の「田園」のブライトコプフ版パート譜について一部補足したい。
http://zauberfloete.at.webry.info/201109/article_7.html
上記の文中、スコアとパート譜の食い違いがあると書いたのだが、特に問題となりそうな箇所を記す。ブライトコプフ版パート譜には下記の指定がある。
①第一楽章
255~258小節の第2ヴァイオリン
259~262小節のヴィオラ
→十六分音符にスラーが付けられている。
②第五楽章
99~108小節の第2ヴァイオリン
101~102,105~108小節の第1ヴァイオリン
107~108小節のヴィオラ
→第4拍目の二つの十六分音符にスラーが付けられている。

以上の二点について、私が持っている日本楽譜出版社版およびベーレンライター版の該当箇所は下記のようになっている。
①第一楽章
255~258小節の第2ヴァイオリン
259~262小節のヴィオラ
→いずれのスコアにも、十六分音符にスラーは付いていない
②第五楽章
99~108小節の第2ヴァイオリン
101~102,105~108小節の第1ヴァイオリン
107~108小節のヴィオラ
→第4拍目の二つの十六分音符にスラーは付いていない
日本楽譜出版社版では各小節1拍目の2つの十六分音符にスラー、続く10個すべての十六分音符にスタッカートが付けられている。
ベーレンライター版では各小節1拍目の2つの十六分音符にスラー、続く6個(4拍目まで)の十六分音符に楔型のスタッカートが付けられている。

ちょっと気になったので、手元にある「田園」の主要な演奏をかいつまんで聴いてみた。
○カラヤン=ベルリン・フィル(DG/1962)
○イッセルシュテット=ウィーン・フィル(DECCA/1967)
○ベーム=ウィーン・フィル(DG/1971)
○カラヤン=ベルリン・フィル(DG/1976)
○ジュリーニ=ロスアンジェルス・フィル(DG/1980)
○スウィトナー=シュターツカペレ・ベルリン(DENON/1980)
○ハイティンク=ロイヤル・コンセルトヘボウ(PHILIPS/1986)
○アバド=ウィーン・フィル(DG/1987)
○プレヴィン=ロイヤル・フィル(RCA/1988)
第一楽章の方はすべての演奏でスラーなしの演奏(一部、ヴィオラが埋もれてはっきり聴き取れなかった演奏あり)。→ブライトコプフ版のパート譜通り。
ところが、第五楽章の方は予想に反し、第4拍目にスラーを付けない演奏はベーム、ジュリーニ、スウィトナー、ハイティンクの演奏のみで、二種類のカラヤン始めアバド、イッセルシュテット、プレヴィンは第4拍目にスラーを付けて(ブライトコプフ版のパート譜通り)演奏していた。

ということで、念のために下記スコアも(店頭で)参照したが、すべて日本楽譜出版社版/ベーレンライター版と同様に第一、五楽章の該当箇所にはスラーは付いていなかった。
・音楽之友社版(大判サイズ)
・日本楽譜出版社版(大判サイズ)
・全音楽譜出版社版
・Eurenburg版
・Breitkopf & Haertels版

さらに、インターネットのIMSLPライブラリーには2種類のブライトコプフ版とベートーヴェンの自筆譜スコアが掲出されている。
○Breitkopf & Haertels版(1826)
→第一楽章255~262小節の第2ヴァイオリン、ヴィオラにはそれぞれ2小節単位(十六分音符16個)にスラーが付けられている。
第五楽章99~108小節各4拍目はスラーなし。
○Breitkopf & Haertels版(1863)
→どちらも日本楽譜出版社版/ベーレンライター版と同様(スラーなし)。
○ベートーヴェンの自筆譜
http://216.129.110.22/files/imglnks/usimg/2/2a/IMSLP46098-PMLP01595-Op.68.pdf
まず第一楽章の第2ヴァイオリンとヴィオラの伴奏フレーズ。ベートーヴェンの自筆譜はひじょうに汚くて読みにくいが、よく見ると259小節後半部分から260小節にかけてのヴィオラにはスラーが付けられているようにも見える。第2ヴァイオリンの方はスラーが付けられているようには見えない。
そして第五楽章のヴァイオリン、ヴィオラ・パートの第4拍目には、2つの十六分音符(その前の4個の十六分音符にも)にはっきりと(楔型?)スタッカートが付けられている(ベーレンライター版の記載通り)。
以上、自筆譜から読み取れる結論としては下記の通り。
①第一楽章255~262小節の第2ヴァイオリン、ヴィオラのフレーズに関して、自筆譜上のアーティキュレーションは明確ではないが、第2ヴァイオリン・パートには特にスラーの指定はないようである。
②第五楽章99~108小節のヴァイオリン、ヴィオラのフレーズ各小節第4拍目の2つの十六分音符には、ベートーヴェンの自筆譜上にスタッカートの指定がある(スラーではなくスタッカートで演奏することがベートーヴェンが意図したものであると言える)。

まとめとして、①について私の見解を下記に述べる。
ベートーヴェンの自筆譜を見ると、259小節後半部分から260小節にかけてヴィオラ・パートにスラーが付けられているようにも見えるが、その点は別にしても、247小節第1ヴァイオリンから第2ヴァイオリン、ヴィオラに受け継がれる262小節までの伴奏パート全般について、私はベートーヴェンは敢えてアーティキュレーションを書き入れなかったのではないかと考えている。
フルート&ファゴットから受け継がれた低弦(ヴィオラ・チェロ)→第一ヴァイオリン(途中から第2ヴァイオリンも加わる)のメロディは終始レガートのかかった大きなフレーズであり、伴奏パートがすべての十六分音符をノンレガートで奏する必然性がないことからも、ヴィオラと第2ヴァイオリンの十六分音符にスラーを付けることに全く違和感はない。さらに、最初の第1ヴァイオリンの伴奏(247~253小節)においても、私は1拍目(最初の2個の十六分音符)、あるいは小節によっては2拍目(6~7個目の十六分音符)にスラーを付ける方が、ノンレガートで弾くより自然に思える。
スタッカートが付けられた場合には、「スタッカートを付けて演奏すること」が作曲家の意図した演奏であると言えるが、特に何もアーティキュレーションが書き入れられていない場合には、それを当時の慣習に従って演奏するよう(作曲家は)演奏家に委ねていた訳であり、「何も(スラー等を)付けないで(楽譜通り)演奏すること」が作曲家の意図したものではないと言うことができる。

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  • 「田園」/ケント・ナガノ=モントリオール交響楽団

    Excerpt: 私が初めて聴いたベートーヴェンの「田園」交響曲は、ワルター=コロンビア交響楽団(CBS/1958)のレコードだった。ワルター盤はCDで買い換えてはいないが、普段取り出して聴く機会が比較的多いのは下記の.. Weblog: Zauberfloete 通信 racked: 2012-02-01 22:07