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ユリイカ1月号は米原万里さんの特集。たまたま書店の店頭で目に入ったから良かったが、危うく見逃してしまうところだった。 2006年5月に亡くなられてから既に2年半以上が経つ。昨年秋には山形で「米原万里展」が開かれたという。 今回の特集には初公開という米原さんの詩、大学院時代の詩論(「ネクラーソフ・最後の詩集『終焉の歌』を中心とする抒情詩群(1)」)、幼年時代からの写真集、ほか生前に書かれた(おそらく初公開の)エッセイ、対談記録、そして多くの人が米原さんに寄せた文章の数々が180ページ近くにわたって収録されている。 とにかくものすごく面白い内容で、時間を割いて最優先で読み終えた。 「プラハのソビエト学校では、図書館で借りた本を返す時にその本の内容を(こわい)司書のおばさんに話さなければならなかった」というのは有名な話だが、対談の中で米原さんは「これは、ずっと後になってから知ったことですけど、人間の脳というのはアウトプット優位なんですって。だから、出そうと思えばその分だけたくさん入るし入るスピードも速くなる」と語っており、あらためて共感した。 ロシア語同時通訳の師匠でもあった徳永晴美による、「通訳もオトコどもも彼女の通過点にすぎなかったのだ」という鋭くも温かい分析、太田峰夫(ハンガリー音楽史)による、「現実世界の見え方が、いかに無意識のうちに言語によって条件づけられているかを、米原のように粘り強く考える人は、まだ少ない気がする」という本質を付いた指摘、久保田智子(TBSアナウンサー)による率直な思い出なども印象的だったが、最もインパクトがあったのは佐藤優(作家/起訴休職外務事務官)の「米原万里さんの上からの介入」という文章・・。ちょっと、佐藤優を読み直してみようかという気になった。 そして、田丸公美子(イタリア語会議通訳、翻訳/エッセイスト)による親友への惜別の文章、これは涙なくして読むことができなかった。 |
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