チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲~その1 オイストラフ盤~

これまで、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームス、サン=サーンス(3番)、シベリウスなどのヴァイオリン協奏曲(のオケ伴奏)は演奏したことがあるが、チャイコフスキーだけは未体験だった。が、この秋にこの曲を演奏することが決まり、少しずつディスクを聴き直している。
しかし、恥ずかしながら、ハイフェッツ、スターン、オイストラフ、コーガンといった往年の名演奏のCDは持っていなかったため、とりあえずオイストラフ盤を購入した。録音時期などは下記の通り。
●ダヴィッド・オイストラフ/オーマンディ=フィラデルフィアO(SONY) 録音は1959年12月24日/ブロードウッドホテル,フィラデルフィア、プロデューサはハワード H.スコット。
オリジナルLP(CBS/MS-6298)のジャケットが表紙に、ウラ(表2)にはオリジナルLP(CBS/MS-6157)のジャケット、裏表紙(表4)にはMS-6298の英語解説書(ただし小さすぎてまったく読むことができない)が復刻されており、盤面もレコード盤仕様(COLUMBIA/STEREO⇔FIDELITY ロゴ入り)でレコード溝なども再現されている。
オイストラフが弾いたチャイコフスキーのコンチェルトは5~6種類あるようだが、この演奏が最も定評があるらしい。
そして聴いてみてびっくり、超名演だった。ヴァイオリン・ソロはひじょうに素晴らしく、オケも予想以上にまずまず、録音もこの時期にしては水準以上で、ある意味この曲の決定盤とも言える演奏ではないかと思う。
とにかくオイストラフのヴァイオリンは見事なもので、そのクリアでよく通る、密度の高く美しい音色、安定したテクニック、スケールが大きく流麗な音楽づくりにはすっかり魅了された。
フィラデルフィアOの音は木管などに一部もの足りなさがあるとはいえ、オーマンディの指揮ともども想像していたより普遍的な演奏をしており、曲を聴く上では特に不満もない。
しかし、この録音、終楽章に大幅なカットがある(アウアー版というらしい)。念のため第3楽章の省略箇所を以下に記す。
69~80小節、259~270小節、295~298小節、303~306小節、423~430小節、476~487小節
また、450小節からのポコ・ア・ポコ ストリンジェンド(最初のテーマに戻る直前)の後半からオリジナルはG線の低い方を弾くのだが、ここでは高音域から降りてくる装飾的なパッセージになっている。
さらに、第2楽章78小節アウフタクトからのメロディを一オクターヴ上げて演奏している(85小節前半まで)。

さて、終楽章のカットといえば、フェラスがソロを弾いたカラヤン盤を思い出したので、久しぶりに聴いてみた。
●クリスチャン・フェラス/カラヤン=ベルリン・フィル(DG) 録音は1965年11月、ベルリン イエス・キリスト教会。
まず、オイストラフとのあまりの音色の違いに驚く。フェラスの音色はクリアとは言い難く、音楽づくりもやや軟弱で、第2楽章などはかなり美しいが、終楽章のテーマの初めの八分音符を長めに弾いたりするのが耳につく・・。
しかし、この演奏の最大の聴きどころは往年のベルリン・フィルの木管群の音色の美しさとその巧さ。フルートは誰だかわからないが、Ob シュタインス、Cl シュテール、Fg ピースク(以上確度約80%の推定)らは随所で見事なソロを聴かせる。中でも、終楽章149小節、ヴァイオリンのソロに答えるファゴットのHの音色。とてもファゴットとは思えない丸くクリアな響きは他の演奏では絶対に聴けないもの。この音を聴くだけでもこのカラヤン盤を聴く価値はあると思う。
実は今回初めてスコアを見ながらこの録音を聴いたのだが、第2楽章のオクターヴ上げ、終楽章のカットはまったくオイストラフ盤と同様だったが、驚いたのは終楽章450小節ポコ・ア・ポコ ストリンジェンド、ここもオリジナルではない高音域から降りてくる華麗なパッセージを弾いているのだが、それにつながるのが460小節テンポ・プリモではなく、507小節までがカットされて508小節(580小節とあったのは誤り、6/19修正)へとつながっていること。さらに最後の最後、580~583小節の4小節分も抜けている。
断言はできないが、460~507小節は意図的なカットではなく、DGの編集ミスではないかも考えられる。私が持っているのはDG 423-224-2/KARAJAN EDITIONシリーズ(エリエッテ夫人の絵がジャケット)。その後リリースされた盤ではどうなっているのだろうか?

蛇足ではあるが、もう一つ驚いたことが今回あった。
私はディテールをチェックする時や、反復して何度も聴き直す時には、ラジカセにイアフォンを付けて聴くのだが、メインシステム(C-260,M06α,X-30,Turnberry)で聴いた時と、オイストラフの音色があまりに違っていたこと。
音が違うのは当たり前で、あえて比較しなくても分かっているのではあるが、今回驚いたのはヴァイオリンの音色の相対的な違いのあまりの大きさ。ラジカセ+イアフォンで聴いても、もちろんオイストラフの音色であることは分かることは分かるものの、他の奏者たちとの差はそれほど大きいとは感じられなかったのだが、メインシステムで聴くと、聴いた瞬間に「明らかに」有意な差を感じるくらいその違いが歴然と表れていた。
旋律線やハーモニー、リズムなどと違い、音色というのはやはり空気を伝わることにより聴こえ方が変わっていくのではないかと思う。

"チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲~その1 オイストラフ盤~" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント