広上淳一=N響定期公演

今年1月20日にサントリーホールで行われた第1666回N響定期公演の放送(録画)を観た、当日のプログラムは下記の通り。
○武満徹:「3つの映画音楽(1995)」
○ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61/Vn独奏:堀米ゆず子
○プロコフィエフ:交響曲 第7番 嬰ハ短調 作品131
なお、当初ソリストはヴィヴィアン・ハグナーが予定されていたがキャンセルとなり、堀米ゆず子がソロを務めた。
http://zauberfloete.at.webry.info/200704/article_17.html
ハグナーが登場すれば当然録画しようと思っていたのだが、来日中止となったので録画予定はなかったのだが、茂木大輔氏のブログ(下記に引用)を読んで、これはぜひ観なければならないと思い直し録画しておいたもの。
順番は異なるが、まずベートーヴェン。
冒頭、四分の四拍子のこの曲を広上氏がいきなりアラ・ブレーヴェ(二つ)で振りだしたことにまず驚く。
確かにそうした方が曲の躍動感というか前進性が向上することは間違いなく、演奏にもそれが表れていたと思う。さらに第31小節のトゥッティの四分音符の止め方はじめ、随所で確信に満ちた「音楽の見える」指揮ぶりに大いに納得させられた。
堀米ゆず子の演奏はずいぶん久しぶりに接したが、安定した技巧と美しい音色でなかなか素晴らしかった。終楽章の最後、オーボエに導かれる終楽章のテーマの合いの手の箇所(316小節あたり)での微笑みは余裕なのか、音楽する歓びが伝わってきて大変印象的だった。
さて、最初に演奏されたのは、
武満徹:弦楽オーケストラのための映画音楽の演奏会用編曲版
・「ホゼー・トレス」より<訓練と休憩の音楽>
・「黒い雨」より<葬送の音楽>
・「他人の顔」より<ワルツ>
特に最後の<ワルツ>は私の大好きな曲だが、まさかN響の演奏で聴けるとは思わなかった。
http://zauberfloete.at.webry.info/200706/article_7.html
ややアンサンブルの乱れ(に聴こえたような気がした)があったものの広上氏の指揮ともども素晴らしい演奏だったと思う。
後半のプロコフィエフは私の知らない曲でありコメントは省略。比較的聴きやすい曲ではあった。

(以下、茂木大輔氏のブログより引用)
2010年1月20日, サントリーホール
帰京してすぐN響定期+足利
広上先生の指揮。
これほど、楽しく、深く、表現力豊かに演奏できたことはほとんど初めてだった。プロコフィエフもだが、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の冒頭から全体、こんなふうにオケを変えてしまうことができるのか。
身近で勉強させていただいていながら、指揮ということがなにを可能にするのか、ついに今回は本当に初めて、解った。
人生を変える演奏会だった。苦しみは全部自分の身体の中にしまい、あるいは過去と言う時間の中で自分たけの戦いのなかに解決してきて、指揮台ではいつも笑う。自分のためではなく、われわれのために。
自分からまず恐怖のなかに飛び込んで、切り込んで、表現して、オケを安心させ、そっと導き、演奏家と聴衆を楽しませることにつきる、そのことを実現するための壮絶極まりない孤独な戦い。
たったひとりで、どれだけの戦いを続けてきているのかこの男は、と、その揺るぎない、全く無駄の無い、迷いのない、一瞬の退屈もなく安心してすべてを表現させてくれる指揮技術、音楽、楽譜、楽器、人間へのどこまでも深い理解。素晴らしい指揮者とは、自分(と自分のオケ)が突然うまくなったように感じさせてくれるものだということを本当に久しぶりに思った。
この方の、もしかしたら少しだけ近くにいる時間と、今回の演奏会の記憶が、自分を少しでも(モノマネとなっていたとしても)変えてくれることを夢見ている。

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