安永徹氏

安永徹氏の引退関連記事は、今年になって読売新聞に載ったことはあったが、3/4付の毎日新聞夕刊、芸術・文化欄に下記のような記事が掲載されている(コピーして全文引用した)。なお、ここでの聴き手は、「天から音が舞い降りてくるとき」他、多くの著作がある梅津時比古氏。

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安永徹:ベルリン・フィル退団 北海道に拠点、デュオ中心の活動へ
◇若い人と室内楽をもっと 演奏増え、何ができるかわくわくする
ベルリン・フィルの弦セクションを30年にわたってまとめあげてきたコンサートマスターの安永徹が3月をもって退団する。今後はピアニストの市野あゆみとのデュオを活動の中心にし、拠点も北海道に移すという。安永と市野に思いを聞いた。【梅津時比古】
◇市野あゆみ、学生の同時指導にも力
昨年末、来日公演を行ったラトル指揮ベルリン・フィルのブラームスでは、従来以上に弦が安永の品性の高い美音に染まっていた。

安永は「ロマン的な解釈のラトルのブラームスで、バイオリンの音もロマン的にすると(表現全体が)大時代的になってしまう。ラトルも『どういう弾き方があるか?』と聞いてくるので、『弓先だけでこういうふうな感じで』とか実際に弾いてみせると、皆すぐ分かる。そういう機会が増えたことと、僕がやめることを分かって皆が結束してくれたのでしょう」と説明する。

それは、ベルリン・フィルが安永をいかに必要としているかを示すものだ。57歳での退団は驚きを呼んだ。

「定年の65歳までいたら、その後にエネルギーが残らない。20年ぐらい前から市野と2人でデュオの演奏をしていて、2人を中心に若い人と室内楽をすることもある。そういうとき自分が充実しているのを感じる」

「コンサートマスターをしていると、次(の公演プログラム)の準備に時間がかかり、公演が重なると自分の時間がなくなってしまう。デュオや室内楽のことを考えると、技術的にも基本的なことからやり直さないと間に合わない。これから年をとる一方だし、どちらかにしぼらないと、と退団を決めました」

約30年の在籍で得たものは?

「偉大な芸術家、たとえばピアニストではアラウ、ルプーらと間近で共演できたことが大きい。指揮者ではやはりクライバー。リハーサルでも楽団員全員が静かにクライバーの言を聴く。他の指揮者のときなど、けっこう皆、雑談してます。クライバーは、自分はこういうイメージを持っていると、ちょっと言葉で言って、それを指揮棒でやる。その棒がなるほどと思うほど、的確なんです。あそこまで、棒で表情を表せた人はいない」

今後の活動の選択肢は多いだろう。

「実は決めてはいないのです。帰国して、まず体を休めてから。市野と2人でやってきたことを中心にするのは確かですが」と安永。その言葉を受けて、市野が教育活動のイメージを示してくれた。

「10年ほど前から2人で、バイオリンとピアノの学生への同時レッスンを始めました。ピアノの学生は友達とちょっと合わせるぐらいでは、弦楽器がどういう楽器か分からない。弦楽器の先生もピアノの学生には、やはりバランスのことぐらいしか教えられない」

「技術的なことに関しても同時にレッスンすると分かりやすい。ピアノの学生がピアノの先生から指導されていることをバイオリンの学生も聞いて、ピアノにとってはどういうことが難しいのか、バイオリンの学生が知る。その反対も。そういう機会を通して、今までとは違う視点で、音楽や演奏を考えてみるきっかけになれば」

彼ら自身の演奏活動も当然増えるだろう。

安永は「自分たちで何かをつくっていきたい、という思いが強くなっています。今後、演奏は国内を中心に。デュオでまだやっていない曲もあるし、これからどういうことができるか、わくわくしています」。

最近はオーケストラの弾き振り(バイオリンと指揮)も始めた。

「指揮者が許可する範囲で音楽をするのではなく、皆でこうしたいな、と話し合って音楽ができればと思ったので。そういう共演関係は続けたいと思いますが、指揮者になるつもりはありません」

住むのは北海道。市野は「周りに何もないので防音もしなくていいし、夜中の2時に窓をあけてピアノを弾いていられる。すると夏は眠っていた小鳥が鳴きだすんです」と楽しそうだ。

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「定年の65歳までいたら、その後にエネルギーが残らない」という発言には、確かに実感がこもっている。また、「コンサートマスターをしていると、次(の公演プログラム)の準備に時間がかかり、公演が重なると自分の時間がなくなってしまう」という発言も、コンマスという役割がトゥッティ奏者とは明らかに異なっているということを示していると思う。それは激務ではありながら、それ自体やりがいのある素晴らしい仕事であることに変わりはない。
しかし安永氏自身、定年までしっかりその職務を務め上げ、その後は演奏活動から引退し年金生活に入る、ということを良しとしなかったのだろう。世界のベルリン・フィルの第一コンサートマスターという誰もが羨む輝かしい地位を敢えて捨ててまで、新たな領域へのチャレンジを試みようとする安永氏の音楽に対する情熱には頭が下がる。
私は管楽器(それもファゴット)奏者なので、オーケストラ以外の活動の場というのはまったく考えられないのだが(シェレンベルガー、宮本文昭のように指揮者になる人もいるが)、弦楽器奏者の場合はまた事情が異なるのだろう。弦楽四重奏などの室内楽、また、安永氏のようにピアノとのデュオなどさまざまな可能性があることも事実。
オーケストラの中のヴァイオリンと室内楽は、客観的に見ても対極の世界。音楽へのアプローチ、一人にかかるウエイトなどがまるで違う。人によってどちらを好むかはまさに趣味の問題で、どちらを面白いと感じるかは人によって(または場合によって)異なるのだろう・・。
クライバーの話も面白い。「あそこまで、棒で表情を表せた人はいない」、まったくその通りと思う。クライバーの棒は本当に雄弁で魔法のような表情を持っていた。
70年代後半から、カラヤン、アバド、ラトルらのもとで30年以上、ベルリン・フィルを引っ張ってきた安永氏。個人的にはもう少しコンマスを続けて欲しかったとは思うが、長い間どうもお疲れさまでしたとあらためて申し上げたい。

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