「楽譜から音楽へ」/バルトルド・クイケン

バルトルド・クイケン著「楽譜から音楽へ~バロック音楽の演奏法~」を読んだ。訳は越懸澤麻衣、道和書院から2018年1月に出版されている。
「はじめに」にもあるように、本書は研究書や(古楽をどのように演奏するかを解説した)実践的な手引書でもない。古楽をめぐる重要なトピックが演奏者の視点で語られていくのだが、アプローチがやや哲学的であり、著者独特のものがあるため、実践的な演奏法の詳細な解説を期待するとやや肩すかしをくらうことになる。
以下、個人的に気になった箇所の抜粋。

18世紀の音楽家は、現代の私たちのように、ごく細かい音価に至るまで厳格なソルフェージの規則を守っていたわけではなかった。そのような音符は、本質的というよりも装飾的なものと捉えられていたようで、もっと自由に、記譜された音を適宜伸縮して演奏していたらしい。
(中略)
興味深いことにベートーヴェンは、クラ―マーのピアノ練習曲へのメモに、詩節の正確な知識とその応用が必須であると書き込んでいる。その結果、彼はこの練習曲のいくつかで、最小の音を不均等にするよう勧めるとともに、そうしたことが自分自身のピアノ曲への最良の準備になると考えていた。
ドイツでは、アクセントのあるシラブルや音は、長さよりも強さによって表現された。(中略)フランスの朗読では、強さよりも長さで強調が与えられる。
(中略)
イタリアの歌唱においても同様で、詩の韻律構造が尊重されれば、テクストはよりわかりやすくなるだろう。イタリア語の声楽曲、とりわけ18世紀前半の声楽曲では、前述のグルックの例に似た不均等が実践されていたらしい例が数多く見られる。
イタリアのA.スカルラッティやG.ボノンチーニ、L.ヴィンチ、イギリスのG.F.ヘンデル、ドイツのR.カイザーのような作曲家は、しばしば歌の声部に均等な16分音符を書いたが、同じモティーフが通奏低音やオブリガート楽器、あるいはオーケストラでも弾かれる場合は、付点をつけて記譜していた。明らかに歌手は、テクストの韻律構造に従って、どのシラブルがより長くあるいはより短く歌われべきかを知っていることが期待されていた。

17~18世紀の教則本では、アーティキュレーションの技術的な諸要素は。各楽器の特性に合わせて適用されることが示されている。すなわち、鍵盤楽器なら指使い、弦楽器ならボウイング、管楽器ならタンギングである。
とても興味深いのは、音の始まりだけでなく、音の終わりについても詳しく論じられていることだ。主に速いテンポの場合だが、音が完全な音価で保たれることはめったにない。ただし、スラーやテヌートで特別に示されている場合は例外である。各音の長さは、その小節やパッセージの中の相対的な重みで決定されるので、強弱も関係してくる。一般的な原則は次の通り。
○多くの音からなる装飾音(声楽のコロラトゥーラに相当)は、スラーで演奏される。長いスラーはそれ以外ではあまり用いられないが、18世紀も終わりになるにつれ、そうしたスラーが徐々に一般的になってゆく。
○スラーはたいてい一つの和声内にかかり、小節線を越えることはない。スラーが弱拍から強拍へ、あるいはさらに分割された音価へかかることは基本的にない。
○ほとんどのスラーはディミヌエンドすることが期待され、スラーのかかっている最後の音はたいてい短くなる。そうすることでスラーのあとの音と明確に分けられる。現代のピアニストは、スラーを次の拍や次の小節の最初の音まで延ばすのが習慣になっているが、それと比べてみてほしい。そのようなスタイルはおそらく19世紀に発展したとみられる。
○アッポジャトゥーラの前の音は、アッポジャトゥーラより感情に訴えるような重要性を与えるために、短くなる。
○重要でない音は短くなる。
○アーティキュレーションは、音と音のあいだの跳躍の大きさによって決まる。跳躍が大きければ、その二音間は明確に切って、アーティキュレーションをはっきりと演奏するべきである。

作品にアーティキュレーション記号が書かれていないということは、演奏者は基本的にその時代や土地の慣習に従わなければならないことを意味する。「証拠がないということは、存在しなかったことを証明するわけではない」と言われるが、まさにこのことだろう。作曲家が書き記したのは、そのような規則から外れる事柄だった。

私は、現在親しんでいる楽器がかつての作曲家にもなじみなものだったと決めつけるつもりはない。私が想像するに、作曲家たちはそのときたまたま手元にあった楽器を使うこともしばしばで、必要に応じて楽曲に取り入れたのだろう。モーツァルトは、プラハへ送った「6つのドイツ舞曲」KV509(1787年)の自筆譜の最後に、こんなふうに書きこんでいる。
どのような種類のフラウト・ピッコロをあなたがお持ちかわかりませんので、自然な調で作曲しました。いつでも移調してくださって結構です。

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