「後期バロック音楽の演奏原理」

ハンス=ペーター・シュミッツ著/吉田雅夫監修/滝井敬子訳でシンフォニアから1982年に出版されている。今回、知人からお借りしたのだが、まだ絶版にはなっていないようだ。
ハンス=ペーター・シュミッツ(1916~1995)ブレスラウ生まれ。フルートをベルリン音楽大学に学び、その後ハレ大学とザール大学で音楽、哲学、芸術学を学び、哲学博士の称号を得ている。1943年から7年間、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に在籍、ソロ・フルート奏者として活躍。1950年退団、1953年から1971年までデトモルト北西ドイツ音楽院、1971年からベルリン音楽大学。なお、本書は1955年に発表されたもの。
後半は「バッハ演奏への提言」という章になっており、デカルトが1637年に「方法序説」において提示した4つの基本原理をバロック音楽に適用し、その中でもバッハ演奏原理を明らかにするというアプローチを採っている。
以下、一部抜粋。

1.明瞭さと明晰さ
○フレスコヴァルディからクヴァンツの時代に至るまで、「演奏ではまず第一に明瞭さと明晰さが必要である」と繰り返し言われてきました。
○バロックのポリフォニーの基本姿勢が空間的な奥行を多声性により音響的に印象づけようとするものであったことを考えると、それは当時の演奏における不可欠な要素であったとみて初めて評価されるものです。
○バロックの「響き」の概念では、どんな場合にも力の入らない軽やかな演奏が要求されたのであり、従って押しつけや力みは絶対に避けなければなりません。
○歌詞を明瞭かつ明晰に発音すること、明瞭かつ明晰な装飾、そしてダイナミクスに関して各段階を、間にクレッシェンドやデクレッシェンドなど推移的なものは置かずに、但し旋律上必然的に生じるふくらみや衰退は別として、明瞭かつ明晰に交替させることは、なんといっても義務でした。
○(バロックのフレージングは)古典主義やロマン主義のフレージングとは異なって部分をつなぐものであるよりも部分を互いに明瞭かつ明晰に分離するものでした。
バッハは、一般的にいって苦渋にみちた音楽や緩徐楽章やトゥッティに対抗するソロの部分では造型的でゆったりとしたアーティキュレーションを使い、特に高揚した表現のところではスラー、中でも彼のお気に入りの2音グループを使っています。しかし、そのスラーは、音と音をつなげる今日のレガート奏法のスラーとは違って、伝統に即して一種の装飾的な性格を残したものでした。

2.分割
○「分解」及び「分割」の傾向はバロック文化のあらゆるところに認められますが、音楽においても全体の響きはさまざまな音色やさまざまのソロとトゥッティに切り分けられ、その上ソロの声やソロの楽器の音にしても、後の時代に理想とされる推移的な響きや音色よりも、非連続的で均衡のとれていない響きの方が好まれました。
○単一の音や単一の和音を分割することこそ、装飾の特別な使命であり、これには部分的にアーティキュレーションやダイナミクスも関係しました。
○演奏者の側が自発的に念入りに「本質的な装飾」を行って和声カデンツを明瞭にすることは当時は自明のことであり、また、相当数の舞曲楽章では繰り返しの時に適度な装飾を行うことは、バッハ自身がドゥブルで示しているように自然なことでした。
○装飾はすべて、楽譜に書き込まれたものも書き込まれていないものも、一般にスラーにして演奏すべきです。
○バッハの場合には、小さな装飾音符で書かれた前打音は、大抵アクセントをつけて、より短めにして、拍の頭にもってくるようにしなければなりません。
○長い前打音に関しては、彼は習慣的に省略せずに普通の大きさの音符で書いています。
○バッハのトリルは、大部分が掛留音か上方の隣接音から、しばしば幾分ゆっくりと始められます。分節の働きをもつところから、今日ほど速いものではありません。楽譜に後打音が書かれていない時には、ほとんどの場合に停止音を伴って主要音で終わります。
○バッハでは速いテンポの場合にも最小音価の音が明瞭かつ明晰に聞こえる程度に遅くなければならず、従って特に段落の後では走り気味より抑え気味にすべきであり、反対に遅いテンポの場合にも流れが停滞したり淀んだりすることなく時計のように一様の速さで流れ得る程度に速くなければならず、特に段落の後では抑え気味よりもむしろ駆り立て気味にするのがよいでしょう。

3.秩序
○バロック時代に強くみられた第3の意志は、デカルトの最初の2つの原理から生じる多様性を総括して、ひとつの組織化された統一体へと仕上げようとするものです。
○バッハの演奏者はダイナミクスの各段階を多少過度に大きく配置するのが好ましく、また当時のすべての音楽論及びバッハ自身の指示が「f(フォルテ)」を基調にしていることも忘れてはなりません。緩徐楽章において主題を受け持たない声部によく現れた「p(ピアノ)」は、楽曲構成上の重要な要素「エコー」として特別な意味を持っており、バッハの場合にも「エコー」はたいてい装飾が加えらえれています。
○既にフレスコヴァルディも、後の時代のバッハの息子フィリップ・エマヌエルも、秩序づけられた統一性を得るためには終止感を生み出すことが不可欠であるとして、楽曲のいくつかの段落のところ及び終結部において和声カデンツをリズム面で強調すること、即ち少なくとも「トニカ―ドミナント」の決定的な歩みだけでも多少抑制気味にゆっくりと演奏することを要求しています。

4.全体性
○調和した響きを発する大宇宙、包括的なこの世界全体に対して、地上の人間はそうした大宇宙を反映する全体的な存在、即ち小宇宙として対応しているという「全体性」の考え方は音楽の領域においても貫かれており、バロック時代の演奏には全き人間性、即ち人間存在のすべてが関係させられました。
○バロック音楽の大半が「情感をこめて」演奏するように要求される原因は、音楽自体にあるのではなく、例えばバッハが受難曲やカンタータのテキストとして極めて情感に満ちたものを好んだことによるのです。

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