「ロマン派の音楽~歴史的背景と演奏習慣~」その2

アントニー・バートン編/角倉一朗訳「ロマン派の音楽~歴史的背景と演奏習慣~」(音楽之友社/2016.3)。
http://zauberfloete.at.webry.info/201603/article_7.html
の続編。第2章以降の有用と思われる箇所を抜粋。

第2章 記譜法と解釈
装飾
●ロマン派の時代には、装飾に対する音楽家の態度に大きな変化が見られた。演奏家は作曲家が記譜したものをそのまま尊重すべきだという観念が急速に定着したので、古典派時代のソロ演奏で広く行われていた手の込んだ即興的な装飾は、やがて音楽の特定ジャンルにのみ限定されるようになった。たしかに、少なくともヴェルディまでのイタリア・オペラや、ある種の名技的な独奏曲、たとえばショパンやリストの作品では、即興的に装飾を加えたり、作曲家が書いた装飾音を変更したりすることが受け入れられた習慣で、それは初期のレコーディングにも記録されている。しかし1830年代になると、たいていの作曲家は自分が演奏してほしいと思う装飾的な音型やパッセージを、通常の音符や小さい音符で書き記すようになった。
●1828年のフンメル以後、ロマン派時代の教則本の多くの著者が、作曲者による別の指示がないかぎり、トリルは以前の慣行のように上の音から始めるのではなく、主要音から始めるべきだと述べている。しかしロマン派初期の作曲家のなかには、いつも上の音からのトリルを期待した人もいるようである。そのなかにはショパンとメンデルスゾーンが含まれていたかもしれない。しかし大多数の作曲家は、少なくとも19世紀の中頃から、特段の指示がないかぎり主要音開始を想定したであろう。

第5章 管楽器
●当時と現在で違うことのひとつは、19世紀の軍楽隊やブラス・バンドが今よりもずっと高いピッチで演奏していたということである。事実、英国のブラス・バンドは1966年まで、現在の標準ピッチより半音近く高いピッチの楽器で演奏していた。だから19世紀の曲を演奏するときには、当時は音がいっそう輝かしく明快だったことを憶えておいた方がいい。

第6章 歌唱
●レチタティーヴォだけでなくアリアにおいても、作曲家がひとつのフレーズを同じ高さの2音で終わらせ、最初の音が歌詞の強いシラブル、2つめが弱いシラブルであれば、そのときにはアッポジャトゥーラ(一音高く、場合によっては低く歌う)が要求される。アッポジャトゥーラを付けるという習慣は19世紀最後の4半期まで続いたが、たとえばヴェルディは、以前なら歌手によって行われた変更をきちんと記譜するようになった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック