「魔笛」の速度記号~その1 第一幕~

モーツァルトが使用した速度記号は、下記の順に速くなるものとされている。
ラルゴ/アダージョ・モルト →アダージョ →ラルゲット/アンダンティーノ →アンダンテ →アレグレット →アレグロ →プレスト
ここで注意しなくてはならない点は、ラルゲットとアンダンティーノであり、現代の楽典には下記の順に速くなると書かれているケースが多い。
グラーヴェ →ラルゴ →ラルゲット →アダージョ →レント →アダージェット →アンダンテ →アンダンティーノ →アレグレット →アレグロ →プレスト
しかし、モーツァルトの時代にはラルゲットはアダージョより速かったし、アンダンティーノはアンダンテより遅かったと考えられている。

この点について、アーノンクール著「音楽は対話である」においては下記のように説明されている。
18世紀において一般的だったように、モーツァルトの場合にもアンダンテはまだ速いテンポ表示の一つであった。アンダンティーノは、いわば「ほんの少しアンダンテ」ということで、メノ・アンダンテと同様に遅く、そしてアンダンテよりもピウ・アンダンテやモルト・アンダンテの方が速いテンポを意味していた。
そして、まさにモーツァルトの時代にアンダンテがゆっくりしたテンポを示すという意味上の変遷が始まったのである。

このあたりについて、「フィガロ」や「イドメネオ」などの具体的場面を例示しながら、その取るべきテンポと記号の意味に関し詳細な説明がなされている。
そして、モーツァルトの時代においては下記のようなテンポ設定であったであろうと結論づけられている(左から右へ速くなる)。
                     molto Andante      
Adagio molto   Andantino   piu Andante  (Allegro) vivace assai molto
Largo   Adagio     Andante           Allegro
           Larghetto       Allegretto

この順番の正しさは、モーツァルトが同じ楽曲について、自筆の楽譜にはアンダンティーノ、「全作品目録」にはラルゲットと書き込んでいる例が見られるということで証明されると書かれている。
http://zauberfloete.at.webry.info/201405/article_28.html

さて、ここで「魔笛」第一幕の速度記号をみてみよう。一覧としては下記のようになる。
●序曲
変ホ長調 2/2 アダージョ
変ホ長調 2/2 アレグロ
第1幕
●第1曲 導入「助けてくれ! 助けてくれ!」 (タミーノ、3人の侍女)
ハ短調 4/4 アレグロ 
○「私が行くんですって?」(3人の侍女)
ト長調 6/8 アレグレット
○「何をあげても惜しくないわ、この若者と一緒に暮らせるのなら」(3人の侍女)
ハ長調 2/2 アレグロ
●第2曲 アリア「私は鳥刺し」(パパゲーノ)
ト長調 2/4 アンダンテ
●第3曲 アリア「なんと美しい絵姿」(タミーノ)
変ホ長調 2/4 ラルゲット
●第4曲 レチタティーヴォとアリア
○序奏とレチタティーヴォ/「ああ、怖れおののかなくてもよいのです、わが子よ!」(夜の女王)
変ロ長調 4/4 アレグロ・マエストーソ 
○アリア/「私は苦しむために選びだされたもの」(夜の女王)
ト短調 3/4 ラルゲット
○「お前があの子を救い出しにゆくのです」(夜の女王)
変ロ長調 4/4 アレグロ・モデラート
●第5曲 五重唱「フム!フム!フム!フム!」(パパゲーノ、タミーノ、3人の侍女)
変ロ長調 2/2 アレグロ
○「三人の若く、きれいでやさしく賢い男の子が」(パパゲーノ、タミーノ、3人の侍女)
変ロ長調 4/4 アンダンテ
●第6曲 三重唱「可愛い子よ、お入りなさい」(モノスタートス、パミーナ、パパゲーノ)
ト長調 4/4 アレグロ・モルト
●第7曲 二重唱「愛を感じる男の人達には」(パミーナ、パパゲーノ)
変ホ長調 6/8 アンダンティーノ
●第8曲 フィナーレ
○「この道はあなたを目的へと導いていく」(3人の童子)
ハ長調 2/2 ラルゲット
○レチタティーヴォ/(タミーノ、弁者)
ハ長調 4/4 (ラルゲット) アレグロ→アレグロ・アッサイ→アンダンテ・ア・テンポ→ア・テンポ,アダージョ→アンダンテ・ア・テンポ
○「お前の不思議な音はなんと強いものではないか」(タミーノ)
ハ長調 2/2 アンダンテ  プレスト アダージョ プレスト
○「急いで行きましょう、元気を出しましょう」(パミーナ、パパゲーノ、モノスタトス、合唱)
ト長調 2/2 アンダンテ
○「さあ、お前たちまたつかまえただろう」(パミーナ、パパゲーノ、モノスタトス、合唱)
ト長調 2/2 アレグロ
○「ザラストロ、ばんざい!」 (パミーナ、パパゲーノ、合唱)
ハ長調 4/4 アレグロ・マエストーソ
○「お殿様、私は罪を犯した女です」(パミーナ、ザラストロ)
ヘ長調 2/2 ラルゲット レチタティーヴォ
○「さあ、こっちへ来るのだ」(パミーナ、タミーノ、モノスタトス、ザラストロ、合唱)
ヘ長調 2/2 アレグロ アダージョ,アテンポ
○「徳性と正義が大道をもておおうとき」(合唱)
ハ長調 2/2 プレスト

ということで、アダージョは序曲の冒頭(とレチタティーヴォなど一部)、プレストはフィナーレの最後とタミーノの高揚感を表す箇所のみに用いられ、あとはラルゲットからアレグロの間で推移していることがわかる。

なお、アダージョ、アレグロ、プレストは特に問題ないと思うが、アンダンテはアレグロ、アレグレットに次ぐ「速い」テンポであったこと、そしてラルゲットはアダージョより速く、アンダンティーノはアンダンテより遅い、さらにその両者はほぼ同じ速さである、ということをあらためて確認しておく必要がある。
実際に、ラルゲットを必要以上に遅くしたり、アンダンティーノを速く演奏している録音が少なからずあることを指摘しておく。

繰り返しになるが、モーツァルトの速度記号/表記は下記の順に速くなる。
アダージョ →ラルゲット/アンダンティーノ →アンダンテ →アレグレット →アレグロ →プレスト

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