ストラッシナンド/strascinando

ハイドン作曲 交響曲第89番ヘ長調(第一楽章開始は「証城寺の狸囃子」のテーマ、第二、四楽章はリラ・オルガニザータ協奏曲からの編曲ものとして有名)の終楽章、第16、84、153各小節にこの指定がある。
音楽用語で、「音を引き伸ばしながら、ゆっくりと」または、「音を引きずるように、足を引きずるように」という意味とのこと。イタリア語の動詞 strascinare (=drag 《英》 引きずる)に由来する語らしく、The Oxford Companion to Musicにおいては以下のように書かれている。
strascinando, strascinato (It.). ‘Dragging’, ‘dragged’,
i.e. played with heavily slurred notes. ...


また、ヒュー・ウルフがhrシンフォニー・オーケストラを指揮したディスクの解説書では、ウルフ自身が
この用語(strascinando)は、「shuffling:足を引きずる」という意味で、ハイドンはオープニングテーマに戻るのに少し多くの時間かかることを強調したいという意図があったのではないか
と述べている。

一方、スコアを見てみると、ハイドン-モーツァルト プレッセ(1964)、オイレンブルク(1968)、フィルハーモニア(1981)、各版(いずれもランドン校訂版)とも、この指定は、フルートと1stヴァイオリンのパートの各小節中央やや右寄り(C→Fのスラーの上)に書かれている。しかし、オイレンブルク版には校訂ノートが付いており、それによれば、「strascinando は小節の後半に移した」と書かれている。とすると、もともとはこの記号は小節の前半(Cの音符の上)に書かれていたことになる。
そして私が気になったのは、ハイドン-モーツァルト プレッセ版のパート譜では、Flと1stVnを含め全パートの各小節後半にstrascinando が書かれていることである。

この strascinando が書かれている小節は、(前の小節からタイでつながれた)Cの四分音符とそこからスラーがかかって下に降りたFともう一つのFの二つの八分音符(主題のアウフタクト)から構成されている。
strascinando が「音を引き伸ばしながらゆっくりと」演奏する指定であるのであれば、伸ばす音はフルートと1stヴァイオリンのCの音であろうし、ウルフが言うように、「テーマに戻るのに少し時間がかかることを強調」することにもなる。そして、スコア上に記載されている場所(Flと1stVnのパート上のみ)とも一致する。ということで、ハイドン-モーツァルト プレッセ版のパート譜(Flと1stVn以外)での strascinando の指定はあまり意味がないとも考えられる。

さて、既存の録音のこの箇所の演奏法であるが、とりあえず手元にあるものを聴いてみた。
○ベーム=ウィーン・フィル(DG/1972):全くと言うほど特に何もやっていない。
○フィッシャー=オーストロ・ハンガリアン・ハイドン・オーケストラ(Nimbus/1991):CからFへの軽いポルタメントとアウフタクト(二つのF)をやや強調している。
○ヴァイル=ターフェル・ムジーク(SONY/1994):Cを多少長めにする程度、アウフタクトははっきり演奏。
○デニス・ラッセル・ディヴィス=シュトゥットガルト室内O(SONY/1995~2006):ほとんど何もやっていないように聴こえる。
○ウルフ=hrシンフォニー・オーケストラ(hr-musik/2004):一回目、Cをやや伸ばす。二回目、少し前から rit.してアウフタクトもやや強調。三回目、最も濃い表情で少しポルタメントもかける。
○ラトル=ベルリン・フィル(EMI/2007):タイでつながれた最初のCをやや強調し、Fへポルタメントでつなげる。アウフタクトはイン・テンポ。→「(Cの)音を伸ばしてドラッグする」演奏としてなかなか説得力があると思った。
なお、私は未聴だが、ドラティ盤は「音を伸ばした上にクレッシェンドをかけて盛り上げる」演奏とのことである。

実際のところ、ハイドンがどのような演奏を意図したのかはわからない。しかし、わざわざ strascinando と書いた以上、何かを意図したことは間違いなく、テーマへ回帰するときに何らかの演出は必要となるだろう。

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