管楽器と弦楽器

学生オーケストラの時から、一般的に弦は上品、管は下品と言われてきた。弦楽器、特にヴァイオリンなどは金持ちのご子息/ご令嬢が幼い時からレッスンに明け暮れてきたというイメージ、また極めて繊細で正確な技術が必要とされる楽器の性格などから、必然的に、それを演奏する人はノーブルで洗練された上品な人ということになっていく。
一方、管楽器(特に金管)は、変人、体育会系、直感/感情的、大雑把、野蛮/粗野、目立ちたがり、派手好き、楽観的、酒飲み、などなどロクなイメージはない。
茂木大輔著「オーケストラ楽器別人間学」(新潮文庫)においては、そのような明示的な表現は避けられているとはいえ、ところどころ上記のイメージが垣間見える(例えば、三浦百恵さんについて、「管楽器のような、はしたないことはしそうにない」などという表現ほか)。
楽器の演奏技術においても、弦楽器のように長年地道な訓練/練習を積み重ねて初めて演奏ができる、という性格のものではなく、まったくの初心者でも短期間である程度は演奏できるようになる、というような違いがあることに因るためとも思われる。

さて、佐藤晃子著「アイテムで読み解く西洋名画」(山川出版社/2013.3)という本を読んでいたら、静物編の中に「楽器」が採り上げられていた。

楽器――教養、快楽、はかなさ
美しい音色をかなでる楽器は、おもに弦楽器と管楽器に分けられ、それぞれ聖と俗という別の意味を持って描かれました。また、音楽は快楽のひとつとされ、男女の愛を象徴的にあらわすために楽器が使われる場合もあります。
1.天上の音楽と地上の音楽 竪琴と笛の対立
かつて楽器をかなでることは、教養人のたしなみのひとつとされましたが、弦楽器と管楽器は性質の異なるものとして区別されていました。竪琴やハープのような弦楽器がかなでるのは天上の音楽で、精神を高める作用があるとされましたが、息を吹き込む管楽器は地上の音楽で、興奮をもたらすものとされ、一段下にみられていたのです。

ここでの具体的な作品としては、ペルジーノ:「アポロとマルシュアス」が紹介され、竪琴の名手だった神アポロに、笛で腕比べを挑んだマルシュアスの物語は、音楽を題材に、理性と感情の対立を暗示したものと解説されている。

ということで、やはり、歴史的にも管楽器(俗)は弦楽器(聖)より一段下にみられていたという訳で、(管楽器奏者としては)大いに納得する。そして、マルシュアスのように弦楽器に対して戦いを挑むようなことはしない方がいい、という点も覚えておくべきことだろう(マルシュアスはこの戦いに敗れたため、全身の皮を剥がされることになる)。

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