「楽都ウィーンの光と陰~比類なきオーケストラのたどった道~」

岡田暁生氏の最新著作(小学館/2012.2)。
http://zauberfloete.at.webry.info/200906/article_22.html
本書は、CDマガジン「ウィーン・フィル 魅惑の名曲」(小学館)に2010~2011年にかけて連載した「ウィーン・フィルをめぐる断章」をまとめたものとのこと。そして、オビには「世界一のオーケストラ、ウィーン・フィルのすべて。気鋭の音楽学者が描く、黄金の音楽史エッセイ」とある。一方、本書の「はじめに」には下記のように書かれている。
本書はウィーン・フィルの「過去を巡る」歴史散策である。(中略)主として19世紀後半から20世紀初頭にかけてのウィーンの音楽文化史をウィーン・フィルの古層ともいうべきものに思いを馳せながら、いろいろと歩き回ってみる。
構成は、楽友協会ホールから出発して、リンクを左回りに進み、途中で運河を渡ってプラーター地区に立ち寄り、もう一度、楽友協会ホールに戻ってくるという巧みなものになっている。
確かに、
第6章 スター指揮者、マーラー登場
第7章 ウィーン・フィルはいつできたのか
第11章 名コンサートマスター、ロゼーの悲劇
などの各章はウィーン・フィル(および宮廷/国立歌劇場)中心の内容となってはいるが、その他の章は、ハプスブルク帝国の盛衰に伴うウィーンという都市の歴史が、世界史、特に文化史・音楽史に焦点を当てて主に語られている。その意味で、「ウィーン・フィルのすべて」という副題は本書の内容を適切に表しているとは思えない。とはいえ、ウィーン・フィルの歴史は別にしても、その歴史的背景を知ることは有意義であることに間違いないだろう。
昨年11月末の旅行以来、すっかりウィーンに心を奪われている者としては、本書は街や建物、文化の歴史という意味でひじょうに面白いものだった。さらに音楽愛好家の立場としても、19世紀末から20世紀初めに宮廷歌劇場監督だったマーラーに関する記述や、ウィーン・フィルの成り立ちなどもきわめて興味深いものだったと思う。
そして私も初めて知った、1881年から1938年まで(一部中断あり)コンサートマスターを務めたアルノルト・ロゼーのナチスによる追放や収容所で亡くなったマーラーの姪の話・・・。さらに、徹底的にこの街からは異端だった、プラーターで生まれたユダヤ人のシェーンベルクの生涯・・・。
第12章では映画「第三の男」について、ウィーンという都市の明暗や虚実をアイロニーをこめて描いた稀有なドキュメンタリー映画であると述べられている。
これまで、ウィーンやウィーン・フィルの「光」が描かれた書は多くあったと思うが、「陰」の部分をここまで描いた書はあまりなかったのではないだろうか。その意味で歴史の重みを感じざるを得ない深い内容であったと思う。

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この記事へのコメント

ひでくんママ
2012年03月07日 10:28
アルノルト・ロゼー! 実は、彼のCDを一枚もらいました。これは非売品?
娘のアルマ・ロゼーとの共演によるバッハのドッペルコンチェルト、1929年録音です。
アルマはヴァーシャ・プシホダと結婚し、のち離婚。1944年にアウシュヴィッツで他界。ガス室ではなく食中毒が死因とされているそうです。
2012年03月07日 21:49
ひでくんママさま
コメントありがとうございます。
本書によれば、ロゼーはマーラーの妹ジュスティーネと結婚、そして名チェリストとして知られていたロゼーの兄エドゥアルトはマーラーの妹エンマと結婚していたそうです。そしてこのエドゥアルトも収容所で亡くなったそうです。
1929年は、一旦ウィーン・フィルを退団したロゼーが再びウィーン・フィルに復帰した年とのことです。どのような演奏なのでしょうか?
ひでくんママ
2012年03月14日 23:50
お返事が遅くなりました。

父と娘の共演で名演というのは、うまれにくいように思います。本人達はすごく愉しんでプレイしてるけど、それだけでしょうか。ガチの勝負にならないし(お父さんの負け~~~)。

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