読売日響演奏会

梅田俊明指揮の読響の演奏を聴いた(3/28 サントリーホール)。
「荘厳なる祈念コンサート~がんばれ東北、がんばれ日本~」と題された某社によるスポンサード・コンサート。曲目は下記の通り。
○バッハ:管弦楽組曲第3番から「アリア」
○ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調
○ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調「新世界から」
読響は私が初めて聴いたプロのオーケストラだった。中学生時代、曲目は忘れたが何回か演奏会(東京文化会館)を聴きに行ったことを覚えている。その後高校時代に、よみうりランドの練習場(若杉弘氏の指揮で「神々の黄昏」)に見学に行った後はあまり記憶がないのだが、おそらく実演は1~2回しか聴いていないのではないかと思う。
メンバーは若い人も少なくなく、演奏はさすがプロオケ、「新世界」で金管がやや乱れた他は技術的にはなかなかの水準だったと思う。特にフルート首席の倉田優さんは見事な演奏だった。
全般的に速めのテンポで、比較的淡白な(?)演奏ではあったが、以下感じたこと。
まず、言うまでもないことだがやはりベートーヴェン第5は超名曲であるということ。何年も聴いていなかったが、あらためて真剣に聴いてみるとベートーヴェンという人は凄いということを実感した。
次に管弦のバランス。両曲とも木管はアシスタントなしだったが、16型の弦楽器群に対抗するにはやはり音量的に無理があると感じた。そして指揮者はいやに木管にピアノを要求していたが、まず周りを小さくしないと意味がない。
そして、ベートーヴェンの第二楽章、ホルンとトランペット(とオーボエ)がハ長調のファンファーレ(?)を奏するところ(32、81小節アウフタクトから)。
ミ-ソ/ド-ド-レ-/ミ― ド-レ/ミ-ミ-ファ-/ソ― ミ-ファ/ソ― ミ-ファ/ソ――
この箇所を、
ミ-ソ/ド-ド-レ-/ミ― ド-レ/ミ-ミ-ファ-/ソ― ミ-ファ/ソ― ミ-ファ/ソ――
と、ソ(各パート2ndはミ)の音をひときわ強調していたことに違和感を覚えた。

帰ってからスコア(ブライトコプフ、オイレンブルク、音友)を確認してみたところ、この箇所は二回とも ff で始まって、上記ソ(ミ)の二箇所に sf が付けられている。
「ベートーヴェンはfpとsfを使い分けており、sfは相対的に突出する」、と書いてある本もあったが、
http://zauberfloete.at.webry.info/201109/article_6.html
いずれにしてもベートーヴェンは一拍目であるにも関わらず、あえて sf を加えている。それは一体なぜなのか・・・。
このsfを強調した演奏はあまり聴いたことがないと思ったが、一応、何種類かのCDを聴き直してみた。
○フルトヴェングラー=ウィーン・フィル(1954/EMI)
○クリュイタンス=ベルリン・フィル(1960/EMI)
○カラヤン=ベルリン・フィル(1962/DG)
○イッセルシュテット=ウィーン・フィル(1968/DECCA)
○ベーム=ウィーン・フィル(1970/DG)
○クライバー=ウィーン・フィル(1975/DG)
○ジンマン=チューリヒ・トーンハレO(1997/ARTE-NOVA)
どの演奏も、一拍目ということで多少は相対的にやや大きく(あるいはほとんど平坦に)吹かせており、ことさらsfを強調している演奏はこの中では皆無だった。

「解決音は穏やかに演奏する」という鉄則(?)や、和声感の話にも通じるが、
http://zauberfloete.at.webry.info/200907/article_26.html
このようなフレーズでは、sfがついていなければ、上りつめたこの音はその前よりも相対的に弱く演奏するのが西洋音楽の原則/流儀(?)であるように思える。ベートーヴェンは弱くすることなく「普通に」演奏して欲しいと思ったのでわざわざsfを加えたのではないだろうか。

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