小澤征爾=バイエルン放送響

図書館から小澤=バイエルン放送響のDVD(DREAMLIFE)を借りてきた。
1983年6月17日ミュンヘン、ヘラクレス・ザールでのコンサートの模様。曲目は下記の通り。
○ベートーヴェン:「エグモント」序曲
○ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調/ピアノ:マルタ・アルゲリッチ
○ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」(1947年改訂版)
当たり前だが、とにかく小澤もアルゲリッチも若い。
バイエルン放送響はさすがに巧く、「春の祭典」においても全く破綻のない余裕綽々の演奏を聴かせてくれた。小澤の指揮もベートーヴェンではやや硬さも見られたが、ストラヴィンスキーでは自由に伸び伸びと振っている感じを受けた。アルゲリッチも、粒立ちのよい美しい音色、完璧なテクニック、そして思い切りのよさなど圧倒的に素晴らしい演奏でさすがと思わせる。特に左手の力強さは凄いと思った。
さて、バイエルン放送響。設立は1949年ということだが、ドイツではベルリン・フィルに次ぐ実力と思う。今回もその見事な演奏には感心させられた。
「エグモント」が始まってすぐ、画面には出なくてもクラリネットはブルンナーが吹いていることがわかる。この人はドイツのオケでは珍しく、パリ音楽院出身で楽器はクランポン。音色は明るく柔軟性に富み、きわめて雄弁な演奏をする。
そしてオーボエのトップはクレメント(1934年生まれ、1980年から首席)。ひじょうに美しい音色と自在なヴィブラート。コッホよりはシュタインスに近い音色で、柔らかくしなやかな演奏はまことに見事としか言いようがない。
フルート・トップは名手アドリアン。そして、ファゴットのトップは誰だか分らなかった(コルビンガーでもマーシャルでもない)が、「春の祭典」冒頭などは見事な演奏だった。ホルンはリツコウスキー。これだけ名手を揃えていたこの頃がバイエルン放送響の黄金時代だったのかも知れない。
なお、ストラヴィンスキーではトランペットは全員ピストンを使用していた。そして、これが最も重要なことなのだが、この演奏会で全曲クラリネットの2ndを吹いていたのがザビーネ・マイヤー。下記にこの頃のマイヤーとカラヤン関連年表を作ってみた。もし、このDVDの演奏会の日付が正しいとすると、(私も知らなかったのだが)マイヤーはベルリン・フィルとバイエルン放送響を掛け持ちしていたことになる。

1959年3月30日 西ドイツ(当時)のバーデン=ヴュルテンベルク州クライルスハイム生まれ
シュトゥットガルトでオットー・ヘルマン、ハノーファでハンス・ダインツァーに学ぶ
1979年 ボンで開催された音楽コンクール2位、バイエルン放送交響楽団に入団
1981年1月 ベルリン・フィルのオーディションを受け、カラヤンには認められるがオーケストラ側は難色を示す
マイヤーはフリーの代理奏者として契約
1982年6月 モーツァルト:クラリネット五重奏曲ほかをフィルハーモニア・クァルテット・ベルリンと録音(DENON)
1982年11月 ベルリン・フィルに正式採用するかどうかの団内投票が行われ、不採用となる
1982年12月 カラヤンは契約に定められている最低限のコンサートを行う以外、ベルリン・フィルとの活動を中止すると宣告
1983年6月 カラヤンは脊髄の大手術を受けるが7月のザルツブルク音楽祭で復帰
1983年6月17日 小澤征爾=バイエルン放送響演奏会(当DVD)
1983年11月20日 カラヤン=ベルリン・フィル 全聖徒の日メモリアルコンサート/R.シュトラウス:アルプス交響曲(マイヤー:1stクラ)
http://zauberfloete.at.webry.info/200605/article_5.html
1984年5月 マイヤーがベルリン・フィル入団辞退
1984年秋 カラヤンとベルリン・フィル和解

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