最近読んだ本(音楽関係)

●「巨匠たちの録音現場~カラヤン、グールドとレコード・プロデューサー」井阪紘著(春秋社/2009.8)
レコード芸術誌に連載されていたものの単行本化かと思っていたが、全体の半分近くのページを占めるカラヤンの章は書き下ろしとのこと。レッグ、カルショウ、ゲルデス、ヒルシュなどとカラヤンの仕事を振り返りつつ、カラヤンに雇われていたミシェル・グロッツについて、井阪氏は「カラヤンと同じ耳を持っていたら」プロデューサーとしては相応しくなく、本当に良いレコードを作りたいのであれば、自分とは美的感覚を持った人の意見を取り込んで、そこで切磋琢磨することが必要だと言い切っている。
また、この本には井阪氏と接触のあったいろいろな音楽家のウラ話が書かれており、それが面白かった。一つだけ引用(カール・ライスターの話)すると、1982年9月のベルリン芸術週間でのマーラー:交響曲第9番のライブ盤の初回プレスではクラリネットが3小節ズレていた(当日の演奏が間違っていた)ため、DGはすぐに回収し、2年前のスタジオ録音の音源を用いて再プレスしたという話。

●「西洋音楽史」岡田暁生著(中公新書/2005.10)
先日読んだ「音楽の聴き方」
http://zauberfloete.at.webry.info/200906/article_22.html
に刺激されて読んでみた。
著者によれば、「西洋芸術音楽」は1000年以上の歴史を持つが、俗に言う「クラシック音楽」は、18世紀(バロック後期)から20世紀初頭のたかだか200年の音楽にすぎない。「古楽」「クラシック」「現代音楽」という時代区分が、音楽史への私たちの眼差しの遠近感を暗黙のうちに語っており、クラシックを「歴史上の産物」として眺め、それが「なぜ/どこから生まれ、どこへ/どうして流れ去ったか」について考察されている。
音楽史の大きな流れが、ある意味で「主観的に」に語られており、大変勉強になるとともに、大変面白かった。著者は「いつどこでどう聴いてもいい音楽は存在しない」と断言する。「音楽」と「音楽の聴き方」は常にセットであると。

●「理想の室内オーケストラとは!~水戸室内管弦楽団での実験と成就~」諸石幸生構成・編(音楽之友社/2002)
吉田秀和氏の理想の室内管弦楽団とは、小澤征爾「水戸での実験と成果」を語る、楽団員の語る「水戸室内管弦楽団」、共演者たちの語る「水戸室内管弦楽団」、海外/国内評などの章で構成されている。特に興味深かったのは、メンバーである工藤、宮本、水野らが口を揃えて言っていることは、室内管弦楽団というのは大オーケストラ以上に気合いが必要であり気が抜けないし難しい、しかし、そこでなければ得られないものもあるということ。
やはり、音楽の根本は室内楽だし、オーケストラの根本も室内楽であることは事実だと思う。音楽づくりは指揮者に任せ、一奏者として自分のパートだけには少なくとも責任を持つという割り切りもあるのだろうが・・・。

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