「恋愛哲学者 モーツァルト」

岡田暁生著、2008年3月に新潮選書として発刊されている。著者は1960年生まれ、京都大学人文科学研究所准教授。
モーツァルトのオペラに関する書としては出色のものと思う。大変面白く読んだ。
著者は、この書において「後宮からの逃走」から「魔笛」に至るモーツァルトの5つのオペラを「恋愛五部作」として読み解こうとする。そして、この5つのオペラは、たまたま手に入った台本にモーツァルトが霊感のおもむくまま次々に素晴らしい音楽を書き飛ばしていったのではなく、真っ先に作曲されなければならなかったのは「後宮からの逃走」であり、それに続くのは他でもない「フィガロの結婚」でなくてはならず、「ドン・ジョヴァンニ」や「コシ」は「フィガロ」の続編として構想されているのであり、そして「魔笛」はある必然性をもってこの「恋愛チクルス」を締めくくっている、と述べている。
「愛の共同体」という視点から見たとき、「後宮」がその「建設」であり、「フィガロ」が「再建」であったとすれば、「ドン・ジョヴァンニ」はその「崩壊」と著者は位置づける。「後宮」では嫉妬は杞憂に終わったが、「フィガロ」では亀裂が入りかけた男女の仲はかろうじて修復される。それに対して「ドン・ジョヴァンニ」においては、永遠のドンファンによって活性化された貴族や農民の恋愛は彼の死と共に死んでしまう。その結果、「コシ・ファン・トゥッテ」の世界では恋人たちは絶対的権威が存在しない中を生きなければならず、「未成年状態から脱して大人として自立すること」が必要となる。
そして、「魔笛」は「転向の物語」であり、宮廷的音楽文化から市民的音楽文化への改宗であり、また、未知の歓びの自覚と嫉妬という実存の不安の両義性をテーマにしていたそれまでから、「心を通した愛で結ばれながら、それを抑制する術を学び、家を築く礎となす」という段階に進んだと指摘する。

当時の政治・経済・文化・社会環境を大前提に、カント、ヘーゲル、キルケゴール、ゲーテ、スタンダール、アドルノなどの思想を引用しつつ、また、西洋音楽の流れをしっかり踏まえ、モーツァルト自身の手紙に基づいた事実関係の把握を行い、台本において原作とモーツァルトが書き直した部分の明快な比較、同時代あるいは前後の時代における同主題の文学、オペラ等の紹介と比較を重ねていく。それらの分析も大変興味深いことはもちろん、それらが難しい表現に陥ることなく読みやすい文章で表現されていることも特徴だが、私にとってはやはり音楽面での鋭い視点と深い洞察が印象的だった。
モーツァルトのオペラのフィナーレに共通する中途半端さ、割り切れなさについての見方はもちろん、「フィガロ」の第16番の二重唱やセレナーデ第11番(K375)の冒頭に関する表現、さらに、オッターヴィオやタミーノのアリアとクラリネット五重奏、クラリネット協奏曲の緩徐楽章の共通性に関する指摘、「魔笛」のフィナーレ後奏に関する記述などからは、この著者が抱いているモーツァルトの音楽に対する優しい共感が感じられた。

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    Excerpt: 岡田暁生著、中央公論新社より6/25に発刊されたもの。 先日読んだばかりの、この人の著作http://zauberfloete.at.webry.info/200906/article_11.htm.. Weblog: Zauberfloete 通信 racked: 2009-06-28 23:05