「クラシック新定番100人100曲」

著者は林田直樹という音楽ジャーナリスト、アスキー新書から2008年12月に出版されている。
ターゲットと思われるのは、まったくの初心者ではなく、ある程度クラシック音楽を聴き込んだ人。もしかしたら、かなりの聴き手にとっても新しい発見を与えてくれる本のようにも思う。
通常の入門書と異なるのはまず「クラシック音楽」の定義。バッハからショスタコヴィッチまでではなく、パレストリーナからジスモンチまで、と時代的にも地理的にも従来の枠をはみ出している。次に、選び出された100人の作曲家が同列に扱われているということ。ベートーヴェンとリゲティを、パレストリーナとヴェルディを同列に扱っている。まえがきによれば、「教科書的になるのを避け、知識的なことよりも、いま、なぜ、この作曲家なのか、という視点をなるべく盛り込むようにした」ということである。100人の作曲家について一曲ずつが選ばれ、その推薦ディスクが紹介されている。
読んでいて驚いたことは、ダウランドの項でスティングによる「流れよ、わが涙」を採り上げたり、ハイドンではラトル=ベルリン・フィルによる交響曲第90番、さらにパガニーニのヴァイオリンとギターのための6つのソナタ作品3第6番(推薦盤こそ私の愛聴盤ではなかったとはいえ)が登場するに至って、この人の嗜好は完全に私のそれと一致しているということがわかったこと。
さらに、オッフェンバックがチャプリンに先んじている(チャプリンの映画が、笑わせてくれるだけでなく、泣かせて、人の心を豊かにしてくれると同じ作用を、オッフェンバックのオペレッタも持っている)、とか、「シベリウスの音楽の本領は、旋律ではなく、ざわめきにあると思う」という、普段から私が考えていることとまったく同じ見解が述べられており、驚きの連続ではあった。そして、モーツァルトの一曲には「フィガロの結婚」があげられている。私もまったく異論はない(推薦盤がアーノンクールであることは別にして)。
また、チャイコフスキーが常に自分自身に対して厳しい側面を持っていたという話や、ラヴェルが不眠症の夜型生活者で遅刻の常習犯だった、など作曲家の意外な側面についても触れられており興味深い。
それにしてもこの本を読んでいると、私自身クラシック愛好家を自認しているワリには、実はごく一部の作曲家の作品しか聴いていないことがあらためてわかり、世の中(?)には私が知らない名曲も数多く存在するであろうことが実感されてくる。
私も、この本を読んでサン=サーンスのクラリネット・ソナタ作品167や、フォーレの夜想曲集、バリオスの「大聖堂」、フィンジの「エクローグ」など(いずれも私にとって未知の曲)を聴いてみようかと思った。
最後に、印象的だったヴィヴァルディに関する記述、少々長くなるが次に引用する。

17世紀のヴェネツィアは、人口15万のうち1万人は娼婦だったという説があるほどの歓楽都市で、市内に4つも孤児院が存在したのは娼婦が産み落とした赤ん坊を引き取る機能もあったからといわれている。
ヴィヴァルディが活躍の場としていたピエタ慈善院はそのひとつで、娘だけを引き取っていた。慈善院は財源確保のために娘たちに音楽を演奏させていたが、僧職にあったヴィヴァルディはその指導者となり、外国からも見物客が大勢訪れるほどの優秀なオーケストラを作り上げたのである。
ピエタ慈善院には、いまも赤ん坊を引き取る装置が残っているという。赤ん坊を台に載せて壁の向こうにクルリと回す仕掛けになっていて、誰が置いたかわからないようになっている。そこから成長した20歳以下の娘たちが、白衣を身にまとい、髪にざくろの花束をさし、ヴィヴァルディの指揮するオーケストラで演奏したのである。
ここから想像するに、ヴィヴァルディの協奏曲は、単なるヴェネツィア的な華美だけでは何かが足りないのではないかという気がする。つまりヴィヴァルディは、言ってみれば退廃的な歓楽都市ヴェネツィアの、影の部分を常に見つめていたのではないかと思うのだ。
ヴィヴァルディは、当然、少女たちの悩み事の相談などにも応じていたかもしれないし、音楽が少女たちの心に及ぼす影響も実感していただろう。そして少女たちの何割かは、母親同様、娼婦になったはずである。それをどんな思いでヴィヴァルディは見つめていたのだろうか。

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