モーツァルト:ホルン協奏曲第3番変ホ長調K447~その2~

この曲が編曲ものではないかという仮説が書かれている文献が見つかった。
http://zauberfloete.at.webry.info/200801/article_22.html
筆者は坪井貞美さんという方で「モーツァルティアン1993 No11」に載っている。
要約すれば下記の通り。
この作品は従来1783年の作とされてきたが、プラートやタイソンの研究により1787年の作と考えられるようになった。それではなぜモーツァルト自身のカタログにこの作品が記入されなかったか?
――モーツァルトは自作のカタログに作品を書き入れる時、過去に作曲した曲を編曲したものは除外していた(そこに書き入れなかった)、従ってこの曲も以前に作曲されたものを後に編曲したからではないか、という仮説。
また、この曲がロイトゲープのために書かれたものではないという根拠は、この曲で使われている音域が他の曲に比べて狭い(そのため第二楽章が下属調をとっている)という点があげられている。

いずれにしても、この曲が「ドン・ジョヴァンニ」の頃の作品ということは最近の研究で明らかになっており、円熟した書法がそれを裏付けている。個人的にもこの作曲年代については大いに納得できる。
ところが、「前作の編曲説」が正しいとすると、これ以前にこの曲の前身は出来上がっていたことになり、充実した作品なだけに以前の作品であるということになるとやや納得の行かないところもある・・。仮に新作だった場合、モーツァルトがなぜカタログに書き入れなかったかについてはやはり謎である。
私が気になったのは、モーツァルトが過去の曲を編曲したものはカタログに書き入れていないという点。
確かに、管楽八重奏を編曲した弦楽五重奏曲K406、「悔い改めたダビデ(K469)」、ヘンデルのオラトリオの編曲もの、さらには交響曲第40番のクラリネット入りバージョンなどは自作カタログには記入されていない。カタログには「新作」しか書き入れなかったということがこれらのことによって明らかになる。ということはホルン協奏曲第3番は新作ではなかったのか・・。

蛇足ではあるが、カタログに記入されることのなかった「5つのコントルダンスK609」も、第1曲が「フィガロ」の編曲ものであったからだろう。
http://zauberfloete.at.webry.info/200804/article_14.html
しかし、この曲の第5曲の別バージョン(K610のコントルダンス「意地の悪い娘たち」)が1791年3月6日の日付を持っていながら、実際に作曲されたのは1782~1784年頃と推定されており、必ずしもカタログに書かれた日付が作曲年代とは一致しない、という例も見られるということを付記しておきたい。

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この記事へのコメント

黒ヤギ
2008年11月23日 13:55
今この曲をやっていてこの曲がです
坪井貞美
2009年04月26日 14:25
昔書いた仮説に巡り会えてうれしかった。もう15年以上前で忘れていた。
ピアノ協奏曲イ長調K488は書き始めが1783年頃とされ初めはオーボエだったのがクラリネットに変更され完成された。この曲は正規にカタログに載せられた。K488は同じクラリネットを使用している作品でもあり、弟1楽章でのクラリネットの使用法は出しゃばるでもなく和音を補強してる。K447でも同じ使用方法である。ソロ楽器というよりもアルトでの補助的使用方法で同じ頃に着想あるいは作曲さ時期の近さを感じる。一方K550の2稿のようにソロ的な使用方法とは違う。モーツァルトはこれ以降コンチェルトや5重奏曲やオペラの中でのソロ的な使用へと進んでいく。
モーツァルトは一度完成した作品をこねくり回すことはあまりしなかった。完成してしまえばそれで終わりで、関心が薄れてしまったというか次の曲を作曲することに関心が向いてしまったためではないかなと思う。モーツァルトは過去を振り返る人ではなかった。
といっても旧作を新作のごとく売り出したり使うことはしていた。
坪井貞美
2009年04月26日 14:45
追記
フルート4重奏曲K298もカタログに載っていない曲となる。この曲は同じ頃はやっていた曲を編曲してまとめたような曲である。1778年頃関わったとされるフルート協奏曲二長調K314もオーボエ協奏曲の編曲ではないかとされている。正規の作曲料はもらえなかったことをモーツァルトは憤慨している。
ということからも編曲という行為は新作を作曲するということからするとかなり低くみられていた証拠ではないか。モーツァルトだけでなく社会上の通念、コンセンサスではなかったのか。
ということは人の物まねではなくオリジナリティを大切にしていたということではないかと思う。
2009年04月26日 18:15
坪井様
コメントありがとうございます。
大変興味深く、説得力のある仮説だと思います。「モーツァルトは過去を振り返る人ではなかった」というのはその通りだと思います。
坪井貞美
2009年04月26日 18:59
魔笛様
字数の関係上追追記です。
K447オリジナルはカタログに載っていないので1784年初以前に書かれたものと思う。第1楽章のメロディがK467の第1楽章と同じメロディが使われていることなどからもこの近辺で作曲されたものと思う。
編曲はそのままされたのではなくアウトラインはそのままで1787年頃の作風に改められて編曲がされたと思う。だからそういう響きがするのである。
ではなぜ編曲したのか?ということになると上記のフルート協奏曲K314がヒントとなってくる。この曲K314は納期が間に合わなくて編曲された。1787年はドンジョバンニ作曲や父親の死など色々とあって多忙を極めていた。K447も新たに作曲する暇がなかったので編曲で対応したのではないか?当然のことながら新たに作曲した1曲とはカウントしなかったので記載されなかった。記載忘れではない。自らの意思によってしなかった。
ウィーンかプラハの山の中からオリジナルが見つかるといいなと思います。

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