モーツァルトと調性~その⑥変ロ長調:B管ホルンの響き~

モーツァルトのファゴット協奏曲とヴァイオリン協奏曲第1番、その第一楽章の開始は大変よく似ている。私だけかも知れないが、この2曲の冒頭こそモーツァルトの変ロ長調の典型だと思う。これらの曲からは、「躍動」、「若さ」、「情熱的」などのキーワードが想起されるが、これらに共通する前提として、音というか音階の持つ聴感上の「高さ」ということがポイントとなると個人的には考えている。
他にも、ディヴェルティメントK137、K287、ピアノ協奏曲第15番・18番・27番など、それぞれが独自の世界を持っているが、あえて共通点をさがせば重心が高く、澄み切った透明さや静けさが感じられること。色彩でいえば限りなく白に近く、淡い色調でかなり淡白な方向に寄っていることは間違いない。弦楽器だけのK137を別にすれば、これらの曲すべて用いられているホルンの音色が、この聴感上の「高さ」に影響を与えているように私には思われる。

モーツァルトの時代は、金管楽器はまだ自然倍音のみのいわゆる無弁楽器であり、曲の調性によって奏者は楽器を持ちかえる(または管を差し替える)必要があった。ニ長調の場合はD(二調)管の楽器、変ホ長調の場合にはEs(変ホ調)管の楽器、という具合である。それでは変ロ長調の場合には、B(変ロ調)管ということになる訳だが、このB管ホルンというのが問題を孕んでいる。F管ホルンは通常、実音より完全5度高く記譜される。しかし、B(変ロ調)管ホルンの場合、記音の真ん中(ト音記号第三間)のドを吹いた場合、それが実音のト音記号第三線のシ‐フラット(alto)なのか、そのオクターヴ下のシ‐フラット(basso)なのかという違いが生じることになり、つまり、同じB管といっても「高い(alto)」B管と「低い(basso)」B管の二種類が存在するということになる。
例えば、ファゴット協奏曲第一楽章には「Corni in B alto」という指定がある。つまり2本のホルンは「高い」変ロ調で吹く、という意味である。当時の慣例としてこの指定が出てくるのは、変ロ調またはハ調に限られており、「低い」イ調や「高い」ニ調は存在しない(ただし、ごく一部の例外はある)。つまり変ロ調とハ調がちょうどその「高い」か「低い」かを分ける境界にあったということである。
話は逸れるが、ベートーヴェンの交響曲第4番やシューマンの交響曲第1番などは、「低い」B管で演奏されるのが慣例となっている(ベートーヴェン第4などはスコアに「basso」の指定があるが、私は作曲者の手稿を見たことがないので元々その指定があったかどうかはわからない)。
モーツァルトの場合に話を戻すと、上記二曲のコンチェルトのベーレンライター版スコアには「alto/hoch」の指定がある(自筆譜に「alto」の表記があったかどうかはわからない)。また、上記3曲のピアノコンチェルトや、ニ短調のピアノコンチェルト(K466)の第二楽章などにも同様の指定がされている。ただし、K466は以前のスコアにはただ単に「in B」としか書かれておらず、低いB管によって演奏されたディスクは少なくない。
その中で、「in B basso」と明示された例の一つが有名な13管楽器のためのセレナーデ(K361/370a)の3・4番ホルン。ベーレンライター版始めほとんどのスコアには「basso」の指定がなされており、私の知る30種類以上のこの曲のディスクはすべて「basso」で演奏されている。
ところが、たまたまこの曲の作曲者の自筆ファクシミリの第1ページ目のコピーを私は持っているのだが、モーツァルトの自筆譜には単に「in B」としか書かれていない。これは一体どういうことなのか・・。
このテーマについて言及された(私の知る限り)唯一の文献である、エヴァ&パウル・バドゥラ・スコダ著「モーツァルト 演奏法と解釈」(音楽之友社)によれば、モーツァルトが指定した変ロ調のホルンはすべて「高い」変ロ調で演奏すべきとされている。私自身、その説に全く賛成で、一つの例を挙げれば、K183のト短調交響曲第一楽章に登場する4本のホルン(1・2番は変ロ調、3・4番はト調)。ベーレンライター版スコアには単に「in B」としか表記されていない。が、この楽章最後の3小節は、D-BG/DGBD/Gのメロディを1・2番ホルンと3・4番ホルンが分け合って吹く仕組みになっており、3・4番ホルンが高いB管で吹かなければ、このメロディーがつながらないということがわかる。
ということで、たとえば交響曲第19番第二楽章、「フィガロの結婚」第25曲のバジリオのアリア、「後宮からの誘拐」の第20曲のコンスタンツェとベルモンテのデュエットなどは間違いなく「Corni in B alto」で吹かれるべきであると思う。が、実際にはそのように演奏していない(bassoで吹いている)ディスクの何と多いことか・・。

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この記事へのコメント

cherubino
2011年01月23日 02:10
こんばんは。少しお久しぶりです。最近、ハイドンの初期交響曲を作曲順にずっと聴いていて(Zauberfloeteさんもお持ちの、デイヴィス盤全集の順番ですが)、やっぱりこのCorni in B alto、in C altoの問題に気づきました。例えば、交響曲第20番ハ長調では高いaltoホルンを使っている盤(ドラティ等)と、低いBassoホルンを使っている盤(デイヴィス等)があり、まったく響きが違っています(メヌエットが最も判定しやすい)。今日一日あれこれ調べていて、ザスラウの大著『モーツァルトのシンフォニー』に、ドラティ盤の監修者で有名なハイドン学者のランドンがこの高いアルトホルンの提唱者ということが書いてありました。でもザスラウは「ランドン=ドラティの高ピッチ理論を裏付ける歴史的な証拠はほとんど提出されてこなかった」とも書いています。その是非はともかく、このホルンのピッチ問題をネットで調べていて、一番わかりやすく納得できたのがやっぱりZauberfloeteさんの記事でした。感謝いたします。またもしかしてこの件で質問させていただくかもしれません。よろしくお願いします!
2011年01月25日 00:09
cherubinoさま
いつもコメントありがとうございます。
この問題については私は相変わらず関心を持っていますが、関連する文献はひじょうに少ないのが現状です。cherubinoさんが挙げられたもの以外で私がその後入手したものをまたあらためて紹介したいと思っています。
cherubino
2011年01月25日 20:50
心強いお返事ありがとうございます!「ハルモニームジーク」の件といい、「in B alto」の件といい、なぜ世間の人は疑問というか興味を持たないのでしょうか?(笑)。我々の方が特殊なんでしょうか? 決してあわてませんので、お時間のあるときにでもまた情報提供をお願いいたします。私の方はそれまでにハイドンの初期交響曲の「in B alto」について少しまとめておくことにします。ありがとうございました。
佐々木公明
2014年01月05日 12:58
予告もなくトラックバックさせていたゞき失礼しました。ホルンについては何もわかりませんが,これからもこちらのサイトを参考にさせていたゞこうと思います。よろしくお願いします。

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