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zoom RSS モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K216〜その2 演奏上のポイント〜

<<   作成日時 : 2011/12/30 21:20   >>

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エヴァ&パウル・バドゥーラ=スコダ著/渡辺護訳「モーツァルト 演奏法と解釈」(音楽之友社/1963)を読んで以来、この曲の第一楽章150小節前後(ヴァイオリン独奏とオーボエが二回掛け合いをした少し後、再現部の直前)、レチタティーヴォ的な部分の独奏ヴァイオリンの演奏法が気になって仕方がない。
この書の装飾法の章、前打音の特別な形として歌唱掛留音(歌唱アクセント Gesangsakzent またはアッポジャトゥーラ Appoggiatura)についての説明がある。具体的には、例えば下記のようなものである。
○レチタティーヴォ(時にはアリア)において、一つのフレーズの終わりに二つの同じ高さの音が並んだとき、この第一の音を書かれているより一音高く歌う。

NMAオンライン(http://dme.mozarteum.at/DME/nma/start.php?l=2)で、オペラのスコアを参照しに行くと、レチタティーヴォの上部欄外に小さな音符で実際の演奏法が書かれている。なお、これはレチタティーヴォ内に限ったことではなく、場合によっては(例えば「コジ」の)アリアの中にも現れる。
他にも、「同じ高さの二つの音が四度下降のあとに来たときは第一の音を四度高く歌う」などのルールもあるが詳細については省略する。いずれにしても、「楽譜の通り」の歌い方をすることは許されないということである。

さて、この曲の148小節三拍目から独奏ヴァイオリンは、
GG-Fis/(149)A A AA-D/(150)Cis Cis
という楽譜になっている。しかし、上記ルールに従えば、この箇所は、
GG-Fis/(149) A AA-D/(150) Cis
と演奏するのがモーツァルトに時代に行われていたやり方であるという。
ついでながら、152小節の独奏ヴァイオリンも、D D ではなく E D と演奏すべきと書かれてある。
では実際にこのように演奏している録音があるのか、ということだが、私が確認した限り、下記の演奏は上記の指摘通りに演奏している。
●イザベル・ファン・クーレン/コンセルトヘボウ室内O(PHILIPS/1989)
●カトリーン・ショルツ/ベルリン室内O(BERLIN Classics/1997)
●ジュリアン・ラクリン/ヤンソンス=バイエルン放送響(Warner/2004)
また、以下の演奏は150小節を D Cis と演奏している。
●クレーメル/アーノンクール=ウィーン・フィル(DG/1984)
●ツェートマイア/フィルハーモニアO(TELDEC/1990)
●パメラ・フランク/ジンマン=チューリヒ・トーンハレO(ARTE NOVA/1997)
その他の私が聴いた30種類の演奏はすべて「楽譜通り」の弾き方をしていた。
どのような弾き方が「正しい」のかは別としても、私は、アッポジャトゥーラを付けた方が音楽の流れとしてより自然なように思える。
*余談ではあるが、この問題で私がいつも引き合いに出すのが、ベートーヴェン第九交響曲終楽章のバリトンの最初のレチタティーヴォ。nicht/diese/toene のG/B-A E/F F の箇所、このFを上記のルールに従って G/B-AE/G FのようにGで歌うのが正しいと私は信じているのだが、未だに「楽譜通り」の F F で歌われることが少なくない。第四楽章16小節の低弦パートは G F になっていることから、ベートーヴェンは器楽用にはアッポジャトゥーラを敢えて書き込み、声楽用には慣用的に記譜したのではないかと私は考えている。

話を戻せば、あと、この協奏曲の終楽章、277〜280小節、284〜288小節には異稿があり、ベーレンライター版にはもちろん、オイレンブルク版などのスコアにも並列して記載されているが、異稿の方で弾く人は少ないのが現状である。

さて、話はここで終わる予定だったのだが、この曲でもう一点、私がこれまで気付いていなかったポイントがあることが、読者の方からのご指摘で明らかになった。
第三楽章382〜384小節(「シュトラスブルガー」のメロディが終わり、再び3/8拍子テンポ・プリモからひとしきりソロがあり、一旦フェルマータで休止した後、独奏ヴァイオリンのロンド主題が始まって5小節目)。
独奏ヴァイオリンは、
(382)G↓D↑H /(383) A↓D↑C /(384) H↓D↑D
という楽譜なのだが、三小節にわたり、第一拍と第三拍の二つの八分音符が一つのハタで結ばれ、第二拍目のD音のみ、ハタが下向きの独立した別の八分音符で書かれている。
ベーレンライター版には、「左手によるピッツィカートかも」のようなコメントがあり、フランチェスカッティ、オイストラフ、ズーカーマン、ツィンマーマン(2回とも)、ムローヴァ、アッカルド、ツェートマイア、ラクリン、レーピンなどは明らかにピッツィカートで弾いており、パールマン、ムター(2回とも)、クーレン、スピヴァコフ(2回とも)、デュメイ(2回とも)などはアルコで弾いている。グリュミオーやシェリングなど、なかなか判別し難い(おそらくアルコ)演奏もあるのだが、明らかにピッツィカートに聴こえない場合はアルコで弾いているとみなせば、ピッツィカートで弾いている人の方が少ないと言うことができる。
個人的には、モーツァルトがわざわざそのように書いているのだとすれば(自筆譜は未確認)、左手ピッツィカートを意図したものと考えるのが妥当なような気もするが・・・。

以下、今回(部分的に)試聴したのは下記の演奏。
○グリュミオー/パウムガルトナー=ウィーンSO(PHILIPS/1953)△
○フランチェスカッティ/ワルター=コロンビアSO(SONY/1958)P
○グリュミオー/ディヴィス=ロンドンSO(PHILIPS/1961〜64)△
○シェリング/ギブソン=ニュー・フィルハーモニアO(PHILIPS/1969)△

○オイストラフ/ベルリン・フィル(EMI/1971)P
○スピヴァコフ/イギリス室内O(EMI/1975)A
○クレーメル/ウィーンSO(RCA/1976)△
○ムター/カラヤン=ベルリン・フィル(DG/1978)A
○アイオナ・ブラウン/アカデミー室内O(DECCA/1979)△

○藤川真弓/ヴェラー=ロイヤルPO(DECCA/1981)A
○ズーカーマン/セントポール室内O(CBS/1982)P
○パールマン/レヴァイン=ウィーン・フィル(DG/1983)A
○クレーメル/アーノンクール=ウィーン・フィル(DG/1984)P
○ツィンマーマン/フェーバー=ヴュルテンベルク室内O(EMI/1984)P
○シトコヴェツキ/イギリス室内O(Novalis/1986)P
○チョーリャン・リン/レッパード=イギリス室内O(CBS/1986)A
○アルテンブルガー/ヴィンシャーマン=ドイツ・バッハ・ゾリステン(LASERLIGHT/1988)P
○デュメイ/クリヴィヌ=シンフォニア・ヴァルソヴィア(EMI/1988)A
○堀米ゆず子/ヴェーグ=カメラータ・ザルツブルク(SONY/1988)P
○フランコ・グッリ/ジュランナ=パドゥヴァ室内O(Claves/1989)A
○イザベル・ファン・クーレン/コンセルトヘボウ室内O(PHILIPS/1989)A

○ツェートマイア/フィルハーモニアO(TELDEC/1990)P
○アッカルド/プラハ室内O(NUOVA ERA/1990)P
○スピヴァコフ/モスクワ・ヴィルトゥオージ(BMG/1990)A
○モニカ・ハジェット/エイジ・オヴ・エンライトゥンメントO(Virgin/1993)P
○寺神戸亮/クイケン=ラ・プティト・バンド(DENON/1995)A
○ツィンマーマン/サヴァリッシュ=ベルリン・フィル(EMI/1995)P
○デュメイ/カメラータ・アカデミカ・ザルツブルク(DG/1996)A
○パメラ・フランク/ジンマン=チューリヒ・トーンハレO(ARTE NOVA/1997)P
○カトリーン・ショルツ/ベルリン室内O(BERLIN Classics/1997)△
○レーピン/メニューイン=ウィーン室内O(ERATO/1997)P

○ムローヴァ/エイジ・オヴ・エンライトゥンメントO(PHILIPS/2001)P
○ホーネク/ウィーン・クラシカル・プレイヤーズ(Orfeo/2004)A
○バイバ・スクリデ/ヘンヒェン=CPEバッハ室内O(SONY/2004)A
○ラクリン/ヤンソンス=バイエルン放送響(Warner/2004)P
○ムター/ロンドン・フィル(DG/2005)A

またまた余談になるが、上記のリストで抜けているのは、1950年代は別とすれば、メニューイン、スターン、シュナイダーハン、スーク、アモイヤル、カントロフ、スタンデイジなどが主なものと思うが、80年代、90年代は本当に次々と新しい録音が行われていたということがわかる。特にムターの録音以降、5年も経たないうちにパールマン、クレーメルと立て続けに新譜を出していたドイツ・グラモフォン、同じようにEMIやPHILIPSも元気だった。が、21世紀に入ると(クラシック全般に)新譜も激減する・・・。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲について言えば、ヒラリー・ハーン(既に一部録音はあるが)や、庄司紗矢香、イザベル・ファウスト、アルベナ・ダナイローヴァなど、聴いてみたいソリストは少なくない。新しい録音を期待したいものである。

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内 容 ニックネーム/日時
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pfaelzerwein
2011/12/31 18:39
ひでくんママさま
たびたびコメントありがとうございます。私の知らない情報をいろいろと教えていただき、いつも刺激されています。来年もよろしくお願いいたします。
Zauberfloete
2011/12/31 22:41
pfaelzerweinさま
コメントありがとうございます。上記の件ですが、放送大学の笠原潔氏によれば、このような習慣は、バッハ以降、シューベルトの時代まで残されていたそうで、「冬の旅」の中でも、声楽パートは解決音の前の音が解決音と同じ音で記譜されている(ただし、本来歌うべき一音高い音は小音符で記されている)のに対して、その習慣が廃れていた器楽のピアノの方には実音で記されているとのことです。それ以上のことは私もわかりませんが・・・。
来年もよろしくお願いいたします。
Zauberfloete
2011/12/31 23:06

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